2006年09月

ひこうき雲のエンジン

青空にひとすじのひこうき雲。Kが教えてくれた。

 ちょこんとすわって。えらかったね、今日。2学期に入って、ぐんぐんりりしくなっていく君に何度も花マルをかく。

 「先生、ひこうき雲のエンジンって何か知ってる?」

 「え~?なんだろう。」

 「雲だよ。」

 「Mくん!!」はぐ、ハグ、hug~~~ラブ

 

 運動会の全校練習でのヒトコマ。4年2組、こどもたちからはユーモアとロマンチックがあふれていて、私は一日、何度も思い出し笑いをしながら過ごす。にやにや、にまにま。あやしい人だ~。。。

 まいっちゃうな~。これって、親バカの心情だよね、きっと。他の人にはつたわらないわ。私だけ、このこたちの、こんなにすてきで、ジューシーな表情や言葉に出会うことができるんだ。あ~、彼らがこの世の中を彩っていくんだって思うもん。それを精一杯応援しなくちゃ。

 でも、子どものままでいてほしいな~なんても思うしね。やっぱり親バカ。かわいいんだもん。真空パックしておいておきたいよ。

 いいとこも、悪いところも正直に、かっこつけずにみせてくれる、君たちには安心する。

 今日は、2回、真剣叱ったけど、その前と後では、表情の輝きが違ったかた、オッケー!叱るって、いやなんだけどさ、やっぱり戦っていかないとだめだな。磨くためには、鋭い刃を。そののち、輝きあらわれる。かならず。。。

 雨降って、地固まること。

 ほんっとに、おおいんだもん。

 地固まるより、すてきな夕焼けが広がる感じで。
 
 笑っている君に逢いたいよ。

出会うべくして

西から東へとぬける風。秋の匂い。おひさまの匂い。

 ゆれる洗濯物。ひだまりのおふとん。

 守られている幸せ。

 心地よい日のはじまり。

 
 キセルの音楽に揺られて、ゆらめき、沈む。重力のある音楽、無い音楽。どちらともいえる。宙にういているような、波にゆられているような・・・。



 すてきなものは、すてきなひとにとどけたくなる。

 ちかくてとおいひとにとどけたくなる。

 げんきださなくてもいいからさ。

 ただ、なんとなくいいきぶんになってほしいな。

 どうでもいいことがたくさんふえて、

 どうでもよくないことがどんなことかわかるようになる。
 
 それがおとなになるってことかしら。

 そうなのかしら。

 

 こんなに焦がれるように、酔うように、キセルの音楽を聴いているの、ちょっと前の私では考えられない。

 糸井先生と話すようになってからだ。卒業の曲を聴いてからだ。

 わたしたちは、何度も出会いをくりかえす。

 一度は通り過ぎた。
 
 2度目は興味なかった。

 3度目は、またにしよう、と思った。
 
 そして、いくつも出会いを使い捨てて、

 気付けば時がたっていた。

 そんなこともある。

 でも、大切なのは、今、確かに出会ったということ。

 今、私と君は、離れられない。

 記憶の糸をたどってみれば、

 必然的な出会いなのだ。

 キセルのCDのジャケットは、みとれてしまうくらいすてき。かわいい。

 歌は歌詞もメロディーも素晴らしい。

 京都、しかも宇治の出身で、糸井先生の教え子。

 うちの小学校でコンサートを開いたことがある。

 こんなにも偶然が重なっていたのに、向き合えていなかった。



 でも、まさに今、私達は出会った!そして、これからも出会いを繰り返す。

 今はかけがえのない関係。私の心をすっかり奪って、ゆさぶってくれる。

 “第一印象はあてにならない。”

 これは、辻仁成の「サヨナライツカ」の冒頭の一行。

 ほんと、あてにならない。

 あてになることもあるんだけど。



 だんだん、自分って人間が、わかってくる。

 第1印象で、私は人を嫌いになることが多い。排他的になることが多い。

 うけいれられないだろう、と思うからだ。怖くて、不安だから、自分を守ろうとして、人を拒むんだ。

 ずっと、ずっと。

 でも、出会いの蓄積は、その不安を解き、圧倒的な再会が訪れる。

 エリカとの出会いもそうだった。

 人を否定し続けても、それでも尚、出会うべく人や音楽とは、めぐり合うのだなあ。

 出会うべくして、出会うのだなあ。
 
 恋は、タイミング、フィーリング、ハプニング、というけど、これは、何にでもあてはまるわけで。

 出会うときが、まさに今だったのだ。

 1ヶ月前でも、半年前でもなく。

 遅すぎもせず、早すぎもせず。

 すこし昔、
 
 だれかのことを、いくら嫌おうとしても、どんな理由をつけても、自分の感情を否定しても、

 どんどん惹かれていったように。

 そんな自分を受け入れられず、傷つけてしまったこともあった。

 

 遠くて近い。

 


 思想にもリラックスにも、ひだまりにも夜の帳にも。

 キセルの音楽は溶け込んでゆきます。

 今日、小倉のTSUTAYAで借りて来たアルバム「旅」より、

 「大きな古時計」のような・・・胸を打つ名曲です。

 
「庭の木」   キセル

 僕を見下ろす 庭の木には
 二本の腕と二つの目玉
     ・
     ・
     ・  
     ・
 僕が旅に出た朝 くやしそうに花つけた

 僕が海を見た日は 木枯らしに枯れていた

 僕が途方に暮れた日は 夏の光に揺れていた

 僕があの娘に触れた夜 見た事ない実をつけた

わすれもの

小説の中に出てくるような瞬間って、やってくるものなのだ。

 真実は、やさしくない。やさしさは残酷だ。

 まだ身体がしびれている。消えたい、という思いでざわめいた細胞が、いまだ萎縮しているようだ。

 風の強い夜に。

 

 今日は、プラッツ近鉄の屋上に、キセルのライブを聴きにいった。

 どの曲もすてきだったけど、中でも、「庭の木」は歌詞に泣きそうになっだ。最後に演奏した「ギンヤンマ」は私と城島先生の大好きな曲で、ハッピ~ハッピ~。この2週間で、すっかりキセルは私のお気に入りのミュージシャンになっちゃった。

 やさしい音楽…この秋をどうか乗り切らせてください。

 

 しまうところのない荷物はどうしたらいい?

 これは、君が使うはずのもので、

 ここにあるべきだったけど、

 今は、行き場をなくしている。

 なくしたものは戻ってくるけど、
 
 失ったものは戻ってこない。

 「夏のわすれもの」、という物語が、4年生の国語の教科書にあります。

 この題の真意を理解するのは、難しいね。

 でも、「おとしもの」じゃなくて、「わすれもの」なんだね。

 私、とおりすぎちゃったね。あまりにとつぜんのただしいできごとに。

 「号泣する準備は出来ていた。」という江國香織はやっぱり…fantastic!彼女はなんでも知っているんだ。この感情、男の人にはわかんないんだろうなあ。彼女の小説を読んだり、詩を読んだりすると、いつもそう思ってしまう。

 以上、とりとめのない日記。眠ってとりとめよう。


“たとえば悲しみを通過するとき、それがどんなにふいうちの悲しみであろうと、その人には、たぶん、号泣する準備ができていた。
  喪失するためには所有が必要で、すくなくとも確かにここにあったと疑いもなく思える心持ちが必要です。そして、それは確かにそこにあったのだと思う。
  かつてあった物たちと、そのあともあり続けなければならない物たちの、短編集になっているといいです。”  


     「号泣する準備はできていた」あとがきより 江國香織

 
 

 

泳ぐのが上手だね。

運動会に向けて、我がクラスを含めた3,4年生約120名は日々、踊り狂う。

 踊っているキッズは超かわいい。これはやばい。世界中の人に見せたくなる。

 「先生、またあの曲かけてな。あれきいたらテンションあがるねん。」

 ダンスのリクエストをするのは、この夏、火事で被災した少年。

 うれしいじゃないですか。君の笑顔は最高さ。

 

 反抗期のあいつも、「ダンスなんかださい。」というあいつも、「はずかしい」というあいつも・・・

 いつのまにか、踊っている!!!!

 給食食べ終わってから教室はクラブと化す。とんではねて身をくねらせて、みんなでノリノリ。楽しすぎる。やばい。ひゅ~ひゅ~

 常にうるさいくらいにぎやかなクラスだが、最近一層うるさくて、他のクラスから苦情が来そうだ。でも、まあ、楽しいからええやん。こどもにまぎれて私もかなりにぎやかい。やかましい。しゃべりすぎ、笑いすぎ、踊りすぎ。

 「先生、のりのりやな~」

 だって楽しいんだもん。ね!

 ダンスって、人をいきいきさせるものだな~、とあらためて実感する日々。

 身体をふるわせ、心をふるわせ、魂をふるわせ。。。いやなことなんてとんでいけばいい。ぼくらは、ぼくら自身の生きる力で、こんなにも楽しい気分になれるのさ。

 踊っているこどもたちよ、笑っているこどもたちよ、これが、生きる喜びってことだよ。君たちの人生を歌とダンスが彩ってくれることを切に願うわ。

 私の人生がそうであるように。

 

 来月からはコンタクトインプロヴィゼーションのワークショップが京都市内で始まるのでいってみようと思っている。水曜日、仕事を終えてから、果たしてダンスできるのか?

 やってみるのであ~る。

 興味ある人、行きましょう!即興って、ギリギリのテンションになることで、限界の先にあるものに触れられるよ。だから好き。

 しなやかに、したたかに。こういう私にはもってこいだわ。

 運動会でも、ちょっとその要素も交えながらダンスをやっている。

 コンテンポラリーダンスと教育、いや、ダンスと教育って相性抜群なんだもん。

 いろんなところでつながっていく。

 明日は、キセルのライブを聴きに行く。キセルは、敬愛する糸井先生の教え子さん。私の働く小学校でも、こどもたちとコンサートをひらいてくれた。

 ぽわ~んと、ゆる~んとなるすてきな音楽を奏でるの。

 楽しみだな~~

 秋の京都をお散歩してこよ。3連休だしね。




 今日は、がじゅまるの木が我が家にやってきた。

 玄関にことん、と座って、

 誰かが来るのをまっています。
 
 

 

木のボート

 私は、もっと幸せになっていいんだ。だって、季節は秋。

 エリカのブログを読んで、今が秋だってこと、そして、秋の装いについて考えるべきことを思い出した。

 私は秋が好きだから。

 金木犀の香りが好き。肌寒い風と、高い空が好き。
 
 夜道と、星の瞬きが好き。
 
 「耳をすませば」が好き。

 落ち葉が好き。

 オレンジ色と赤色と茶色が好き。

 クリスマスの音色が遠くで鳴るのが好き。

 満たされない寂しさと、それを満たしてくれる何かが好き。

 あたたかいスープのコマーシャルが好き。

 重ね着できる季節が好き。

 タイツがはける寒さが好き。

 こんなに大好きな季節の入り口にいるんだから、

 もっと笑って、安心して、うきうきしていいんだよ。

 なんだってうまくいくさ。

 うまくいかなくても、それはそれで、この季節には似合うから。




 いつの日か、母親とふたりで、秋の真ん中、山に蔓を取りにいった。

 そのあと、家具を見に行った。

 午前10時にストーブの前でクリスマスの絵本を読んだ。クリスマスの音楽を聴いた。

 幸せな記憶が秋の匂いとともに巡ってくる。



 今年の秋は、すべらかな木のボートにのれるかなあ。のりたいなあ。
 
 今は、動かない木のボート。今は離れている木のボート。

 やっと見つけた木のボート。

 少し小さめで、でも温かい木のボート。

 木のボートにゆっくりゆられて、どこか遠くへ行きたいの。

 
 

 

 


 
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