2006年11月

青女論 vol.2


 日曜日にすること。

 掃除、洗濯、料理。

 この3つは欠かせない。日曜日にしか出来ないことだから、昼間、明るいうちにたっぷり楽しんでする。

 「ああ、日曜日だなあ。」

 心置きなく家事をしながら、そう感じる瞬間が好きだ。

 今日のBGMはChara。心地よいわ。

 夕暮れに、雨が降る中、城陽の図書館へ。

 ずっと借りたかった、「うそつきのつき」を借りる。荒井良二さんの絵がナイスなの~。ナンセンスなだじゃれがつぼにはまる。

 はやくクラスで読み聞かせしたいじょ~。

 絵本コーナーでうろうろしていると、バーバラ・クーニーの絵本「おおきななみ」を見つけて立ち読み。

 う~。すてきだ。主人公ハーティーの胸に秘めた決心。揺るがない心。一人たくましく生きる美しさ。

 私の愛読書のひとつである、江國香織さんの「絵本を抱えて部屋のすみへ」のバーバラ・クーニーの絵本の章にはこうかかれている。

 クーニー好みの女の共通点

 1.毅然としている。
 2.まっすぐである。
 3.自由である。
 4.人生を心底楽しんでいる。
 5.孤独である。


 まさに!という感じである。
 
 私の理想の女性像だ。

 青女論のイメージにぴったり。

 ひっそりとした佇まいと、ささやかな美しさ。

 自分の信じる道をひたむきに歩む姿。

 自由でいて、孤独。

 

 青なる女は、そうして生きてゆくのだ。

 バーバラ・クーニー、そして江國さん。

 愛してやまない女性です。
 

 

女は女である!


 書くことは、感じることなのに。

 最近、ブログの更新を怠っていた。いけない。感性の枯渇、そして思考の停滞を防ぐために、毎日、少しずつでも文章を書こう。書くことで気付けるから。書くことで、伝わるから。書くことで、世界がはっきりと動き出すから。

 いーちゃんを見送っていったこともあって、久しぶりの早起き。長い長いブログを更新後、NHK教育の「あいのて」を観る。

 もう~、大好き。野村さんの鍵盤ハーモニカの音にきゅんとくる。切なくて、本当にいい音色!

 音楽のリズムを感じて、音とリズムを線にしていた。

 あ!こういうの、大学のとき、音楽科教育法の授業でやったな~!新鮮でおもしろかった。

 今度、授業でもやってみよっと。

 でも、ワニバレエ~♪♪何回観ても、飽きません。白井さんかっこいい。

 その後、この前、恵文社で買った、「消しゴムはんこ」のセットを使って、念願の「合格印」作り!学校の先生が持っておられて、いつも、ほしいな~と思ってたの。すっごくでっかくて、がんばってやったプリントにどっかん!と「合格印」を押されたら、そりゃあ、うれしがって、子どもたち、みせにくるのよ。

 昔から、彫刻刀で彫るのは大好き。なんか、こう…集中しながら、思考できるから。

 約1時間かけて、出来上がり!どうでしょう?なかなか力作でない?こりゃ、消しゴムはんこ、楽しいです。今度、図画工作の授業でもやって、子どもと年賀状や、カード作りをしようと思案中。。。

 
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 昼からは、兵庫まで高速を飛ばし、1時間。大学のダンス部のOG会に参加。本番を2週間後に控えた彼女たちの作品を観て、アドバイスをする。

 そして、つくづく、思う。自由に表現できるって、なんってすばらしいの!

 はやく私も、ダンスを作って、踊らなければ。。。そんな気持ちを掻き立てられた。舞台に立ちたい!!

 今、いや、かれこれ何ヶ月も、私は自分の作る表現集団の、ネーミングに悩んでいるのだ。

 型から入るタイプ。多分。

 今夜は、寺山修司の「青女論」からヒントを得て、創りたいな~とあれやこれや考えながら帰宅。

 「聖なる女」、ならぬ、「青なる女」。

 「正解」ならぬ、「青解」。ん~~、決まらない。 

 いやはやしかし。。私は、一生、「女」にこだわり続けて、生きていく気がする!

 ん~~~。。。名前、どうしようかな~。。。

 最近は、お洒落なミュージカルも作りたい!

 自由に表現できていた、大学時代が愛おしい!限りない妄想を、そろそろ形にしていきたいなあ。

 ひらめけ自分!

 これは、本を読んで、インスピレーションを受けるしかないのら。

 夜は仕事モードで、パソコンに向かう!

 体育でやってるフラッグフットボールで問題が大勃発。しかし、ピンチはチャンス。問題を一つひとつ解決する中で、子どもたちは力をつけていくはず。ゲームを楽しくしていくための実行委員に、強力なメンバーが集まったので、その子達中心に活動をしていこう。

 もしかすると、これは、思いがけない学級経営のチャンスかもしれないのだ!先日、学級経営のベテランの先生からアドバイスしてもらった、子ども達に「自治力を着ける」ことを大切にしながら、取り組みの戦略を練っていこう。

 ふに~。。ベイリーズで甘い気分に浸りながら、おやすみなさい☆

揺るがないもの

 そういえば、そうだった。

 ひどく、怖がりだった。

 失うことへの恐れ、そして、変わりゆくことへの不安に常に苛まれていた。

 子どものころ。
 
 だから、どうやって、「今」を自分のものにするかに必死だった。

 つかめないと、自分がばらばらになってしまいそうだから。

 未来への不安をかき消すように、「今」が未来をつなぐよう、もがいていた。

 人を殺すのは、「不安」だと思う。「恐怖」だと思う。

 芥川龍之介の自殺の理由が、中学生の私には、痛いほどわかった。

 大人になりたくなかったなあ。

 
 どうして、こんなことを思い出したかというと、昨夜は、レアな飲み会だったから。

 中学の2,3年のときの同級生、今は作業療法士として働くいーちゃんと大学に通い、来春からは愛知で働き始めるごんさんと私の3人でキムチ鍋。

 こんなめぐり合わせになったのは、夏にあった、同窓会がきっかけだった。

 14、15の頃、夢と現実の狭間で揺れ動いていたころを一緒に過ごした仲間との再会は、あたたかく、居心地がよいものだった。深夜まで、昔と今の自分達について語り合う中で、お互いの成長を喜ばしく思い、またひとつも変わらないぬくもりに安心したのは、私だけではなかったはずだ。

 その時に、交わした会話がきっかけで、こうして今、地元を離れて京都にいるメンバーが集ったのだった。

  鍋をつつきながら、いくつものエピソードが飛び出す。中には赤面してしまうようなものもあっておかしい。

 でも、私達は、あの頃と何も変わっていない。

 ちょっとシュールな笑いをかもし出し、現実に悩まされて病んでいるところ、ごんさん、そのままじゃん。

 曖昧で優しくて、夢と現実を見ているところ、いーちゃんそのままだね。

 丹後弁に少しばかり関西弁が混じり、髪の色が黒から赤に変わり、こうしてお酒を飲んでいること、京都に世帯を持っていること、仕事を持っていること、変化は山のようにあっても、揺るがないものは、あの頃と変わらずにあるのだ。

 宮崎駿の、「耳をすませば」という映画が好きで、いつも教室でその話をしてた。同世代の主人公に自分達を重ね合わせて。
 
 あの頃から、進まないままの時計が、どこかにあるの。



 ふと思いついて、中学の卒業文集を引っ張り出してくる。

 同窓会が印象的で、もう一度、あの頃の自分を振り返りたいと思い、実家からこの夏持って帰ってきたのだ。
  
 おどろく。

 まるで書いている文章まで、今となんらかわりはないのだ。

 あの頃、今の自分に通じる「芯」というか、「核」というか、そういうものが出来たんだなあ。

 わけがわからないほど、熱かった私。未熟だった私。自分の思いが先行して、人の思いを見失っていた私。一心不乱に何かに夢中になっていた私。「人」が大好きだった私。「人」を信じられなかった私。友達に囲まれていた私。ひとりぼっちだった私。

 あの頃の自分がなければ、私は今の職業、「教師」を選んでいなかったと思う。

 「私がやらなきゃ誰がやるんだ。」

 こういうあつかましいが、自分を突き動かしてゆく強烈な使命感が、不思議と芽生えていた。

 「おまえは、教師になれ。」

 慕っていた担任からの言葉。あれから、8年。

 

 稚拙で、闇雲で、自分中心で、苦しくて、自分だけが苦しんでいると思い込んでいた、あの頃の文章。まとまりがなくて、へたら長い。

 小粒で味の効いた短編小説も、壮大で読み応えのある長編小説も書けない私の文章。

 でも、私という人間が出来た頃の、記念の文章。

 振り返って書きのこしてみようと思う。

 過去への軽蔑と嫉妬と軽い絶望と信頼とともに。

 「心の傷」(1999.3)
 
 3年間の中でたくさんのことがあり、それらについて考えてきた。入学して新しい友達や先生との出会いに始まり、そろそろ幕を閉じようとする中学校生活の中で得たものは本当に多かった。

 1年の頃好きになったアーティストの本から考えかたは変わり始めた。我の強さと思う事をはっきり言う性格から、人とのケンカが絶えなかった小学生時代に比べ、中1の時の私は何も言えず、人と話すのが苦手になっていた。

 しかし、平穏な日々に不満もなかった。リーダーにならないことはすごく楽で、批判も受けず、ケンカもなく、時間は過ぎていった。でも今と比べれば、つまらなくて、自分を見失っていた時期だと思える。友達といることは楽しかったが、成長することのない心だけが毎日を削っていた。

 2年生で今までとは違うタイプの友達と過ごすようになった。私はその子のことを大好きになって、たくさんの話をした。そのうち修学旅行があって、私は班長になり、その子や、班のみんなとうちとけて、どんどんみんなと話せるようになっていった。クラスにも慣れて、自分の中に活気がつき、3年生になると、大好きな3年2組となっていた。

 そして合唱祭。私は実行委員になった。感動したいという思いとクラスのまとまりを作りたいという気持ちが私を強くしていた。

 悔しさ、恥ずかしさ、苛立ち、悲しみ。

 私の心にあらゆる感情が傷をつけていった。こんなにめまぐるしく心が反応することは久しぶりだ。けれど、そのやりきれない気持ちをも支えていったのは、日に日に大きくなるクラスの歌声と真剣になる人達の姿だった。

 涙が出る程、私は感動していた。そして当日の朝、クラスのみんなで円陣を組んだ。その時の声が予想以上に大きくて、私はみんなが真剣なのだと思い、とてもうれしかったことをよく覚えている。

 みんなで叫んだ。「最優秀賞とるぞー!ファイト、ファイト、ファイト、ファイト、オー!」と。

 気合は十分。私達は最善を尽くした。講評の言葉も、「一番まとまりがあった」と嬉しい評をいただいた。

 結果は「ブロック合唱の部 優秀賞」。ブロックのみんなの頭上に輝いた栄光であった。私は喜びと感動ですがすがしい最高の気分だった。みんなのうれしそうな笑顔が、喜びを倍増させていた。
 
 7月になり、今度は体育祭の取り組みが始まっていた。ある夜、私はずっと考えていた。体育祭のブロックテーマをどうしようか。明け方、考え付いたのは、「全力投球~今を心に刻む~」というもの。一生懸命頑張ったことは、深く心に刻まれて、いつまでも消えない。

 一生心に残る思い出をみんなで作ろう。そんな思いを込めた。

 私は溢れ出しそうな気持ちで胸がいっぱいだった。もう一度、あの感動が味わえるんだ、と思うと、どんな苦しみにも勝てる気がした。

 しかし、実際の取り組みは、想像以上に辛いものだった。夏休み中、ほとんど毎日、学校に通った。意見をつぶしてつぶして作っていった。

 私は嘘をつかなかった。自分の意見を正直にぶつけた。中1の頃の偽りの抜け殻のような自分はもういなかった。愛想笑も作らなかった。冷たく厳しかっただろう。でもいい加減な気持ちで決めてしまうことなどできなかった。討論とはそいうものだ。自分の意見には責任を持たなくては、と決心していた。

 苦しかった。涙をこらえたときも多かった。友達関係はズタズタになっていった。けれど後悔はなかった。自分に嘘はつかなかったからだ。嫌なことをたくさん言われ、前にでる人以外はみんな敵のようだった。みんなの目がとてつもなく怖かった。指示が怖くて出せなかった。女子の方に行きたくなかった。

 だから男子の方で注意して、「聞こえない」と言われ、おそるおそる真ん中に行ったことも何度かあった。指示をする辛さ。それを私は再び味わっていた。説明するのが大変とかのレベルではなかった。

 「私がやらなくては一体誰がやるんだ」という最初私を支えていたその想いも、自分に向けられる沈黙の視線にだんだん引き裂かれていった。

 そのうち、実行委員のみんなが助けてくれるようになると、少しずつ楽になってきた。何もかも犠牲にしても優勝し、感動したいと全力を尽くしてきたけれど、ここまで全てをみることになるとは想像もしなかった。

 だが、私の中では、全てを見たことで、何かがふっきれていた。

 世の中に、卑怯者が手にする栄光があっても、誠実な人、優しい人ばかり傷ついてゆく世界でも、自分に嘘をつくより、自分に負けるより、一人ぼっちでいるほうがいいと思えた。自分を守るための約束や友情などいらない。様々な辛さや我慢の中で、色んなものが見えてきて、自分の考え方が確立されてゆくことがわかった。

 当日の体育祭では、みんなとすっかり元通りになった。とにかく、とても感動した一日だった。うまくいかなくて悔しく、悲しかった小ムカデや棒取。しかし閉会式、私達は拍手と歓声に包まれていた。

 喜びをみんなで分かち合った。みんなすごく苦しかっただろう。夏の日差しが照りつける中での練習、時間をかけて作った応援が、すっかり変わったりもした。同じことの繰り返しばかり。それでもみんなで頑張ってきて、苦労を重ねた末、勝ち取った勝利は格別であった。みんなありがおつ。ご苦労様。心から感謝をした。

 そして結果が出てよかったとほっとした。これだけやって、何もとれなかった時の残念そうなみんなの顔を見ることができないから。自分にも拍手を贈りたい程だった。こんなに戦ったのは初めてだったから。

 この素晴らしい体育祭で、私の心には、多くの傷が残った。 

 感動、喜び、悲しみ、怒り、辛さ、楽しさ…私は忘れない。全て残しておく。目にはみえない、心の傷は、私の宝物だ。喜びも悲しみも苦しみも、私の心に傷をつけてゆく。その傷の分だけ、人生は深まっていくと思う。考え方は洗練されていくと思う。

 私は3年2組で本当によかった。3ノ2のみんなは私を包んでくれる人達だ。居心地がよくて安らげる。ありのままでいられる。しかし、卒業すれば、ここまでなじんだクラスと別れ、私を知らない人とやっていかなければならない。不安がある。みんな、そうかもしれない。

 私がここまで、自分に自信が持て、強くなれたのも、このクラスがあったからこそだ。温かい3の2があったからだ。すごくみんなに感謝している。ありがとう一言では言い尽くせない。3の2が大好きだ。一緒に感動し、泣いたみんなのことを私は一生忘れません。みんなも一生感動して輝いて、夢を見続け、ずっと青春しましょう。

 傷ついても、悲しくても。そんなときは沢山泣こう。私は私。人とは違う。バカにされても、一人ぼっちでも自分の大切なことを捨てないで。自分をからっぽにしないで。情熱を持って生きましょう。心に傷をつけましょう。
 
 3の2大好き。 yucca.



すばらしい32

 大好きな教室とはお別れだけど、想い出にさよならはしません。

 心に刻まれた傷は深く、どんな未来にだって消せないのです。

 触れるとせつなくて、ひらくと目頭が熱くなるのです。

 あの日涙を彩った虹は、青く消えていったけれど、

 その感動は、みんなの心をいつまでもつないでいますように。

 卒業おめでとう。

 

つなげ、パイプを。

昨日から、ペーパーチャレランをクラスの子どもたちに取り組ませている。すっごい集中力。教室がシーンと静まり返り、子どもたちが思考する。気持ちのいい瞬間だと思う。彼らにとって。

 個人懇談では、何人かのお母さんに、子どもの苦手な課題(たとえば100マス計算)に一緒にお家で取り組んでもらえるようにお願いした。

 翌日、「先生、母さんと一緒に100マスしたらあっさり負けた!」と、それでもうれしそうに声をかけてくれた。おうちの人がよりそってくれる時間があればあるほど、子どもたちは安心し、満たされるはず。チャレランも、おうちの人と一緒にやりたい子がたくさんいて、うれしかった。学びのムーブメントがお家の中にも渦巻けばいいな。

 つなげ、つなげ家族のパイプ。
 
 対峙。対峙。対峙。

 そういう日常。何回子どもとケンカするかわからない。

 絶対勝たねばならない勝負ばかり。

 甘さや隙を見せられない。負けると、崩れていくのは目に見えている。

 ぎりぎりだ。いつも。
 
 しんどいなあ、と思うけど、それでも、この対峙を避けては通れない。

 生きることは、ぶつかりあうことなのだ。

 何を言われてもまけちゃだめ。

 子どもが本当に成長したとき、やっぱりこいつらはすごいなって、そう思って負けたい。だから、それまでは、負けちゃだめ。

 つなげ、つなげこどもとわたし、そしてこどもとこどものパイプ。
 
 はあ。やっと3連休。

 クラスが落ち着いてきたと、言われても、まだまだ。これからが勝負。

 自分に厳しく、人に厳しく。

 自分に甘くなると、人にも甘くなる。それは、優しさじゃないんだから。

 崩れていかないように。

 放課後の職員室で、糸井先生から巨椋池の話を伺う。

 糸井先生の話はとても心地よい。相手を受け入れ、認めつつ、さりげなく示唆を与えてくださる話し方には、感激してしまう。そして、決して責めない。目には見えない優しさと気配りでいつも支えてくださる。

 放課後の職員室に響くキセルの音楽。
 
 あ、またあの人を思い出した。

 キセルを聴くと、なんだか切ない気分だ~。

 どうしてこんなすてきな音楽つくっちゃうのよ。もう、離れられないぞ。

 あ~、なんだか行き場をなくしているみたい。

鳴きたい身体 

今日はもりだくさんの一日だった。

 一番のメインは、指導してきたダンスクラブの全校の前での発表。朝早くから体育館に集まって最終確認。糸井先生も、ビデオ片手に走り回って助けてくださる。本当にありがたい!

 こどもたちも相当緊張している様子。なんといっても、初めての大勢の前でのダンスだからね。お披露目だもんね。

 300人ほどの観衆を前に、本当に立派に踊ったと思います!さすが!!

 終わった後、たくさんの子に、「先生、後期ダンスクラブはいるわ!」と言われて、すっごく嬉しかった。今日踊った子も、「発表が楽しかったから、後期も入る!」と言ってくれた。何よりの言葉です。こういう気持ちが、身体を突き動かす感情なのだと思う。理屈じゃない。感覚。とても大切なもの。

 私自身も、10月からずっとインプロのWSに通っているんだけど、なかなか、思うように身体が動かずはがゆい。

 即興はすきなんだけど、コンタクトをとる相手と波長が合ったり合わなかったり、むしろ、あわせられなかったりで、今日は、「気持ちいい~!」という瞬間が少なかった。

 ダンスでは感覚が大事だ。言葉じゃなくて、身体で感じていくこと、インプロでは特にそれが大切だと思う。

 自分を感じる。相手を感じる。

 今日は、相手を感じられなかったような。

 自分自身が、いっぱいいっぱいになってるせいかな。心の余裕の無さが、ダンスにもあらわれているようだった。
 
 帰りの電車はしょんぼリズム。

 まあ、こういう日もあるのさ。

 きっもちいい~~~~~

 と大声で叫びたくなるような、身体が鳴くような、

 そんな瞬間をつかみたい。

 つかむのだ!
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