2007年01月

さなぎの中を流れる血

 
 目覚めて、すぐメールチェック。その後、洗濯と研修ノート。天気がいいので気持ちがいい。本当に、冬なのに、晴れの日が多くて、感動する。丹後は、ずっと曇天だもの。

今日は、 生きる仕事シリーズ「この世の仕事 5時間リレートークマラソン」 に参加することになっていた。15分間、自分の今の仕事について語る。

何について話そうかな~なんてぐちゃぐちゃと頭の中でおしゃべりをしながら、大阪・フェスティバルゲート4F、cocoroomへ。

 人の温度を感じるスペースには、いい感じの暗さと温かさと広さがあった。

 そんさんにあいさつ。そして、同じ枠に出演する、ゲストを紹介してもらう。一人は、インプロのワークショップでもであった、かりーとさん。もう一人はNHK大阪局のディレクターさん。そして、HP作成をしておられる方。当然職種はばらばらだ。

 その後、自分の主な一日のタイムスケジュールを模造紙に書いて、前の出演者の話に耳を傾ける。

 ほう~~~という感じ。一人、ひとり仕事が違い、思いも違い、人生も違う。当たり前だけど、こうして話を聞くと、改めて、おもしろいな~なんて。

 自分の話は、あっという間に終わった。慌しい一日のこと、1学期の大変なエピソード、自分の大学時代の葛藤のこと、その他もろもろ。

 何が伝わったかはわからないけど、後から、声をかけてくれた大学生の子達が、私と同じようなことを今、感じているって話をしに来てくれた。

 あんまり、色々考えずに、現場に出てみてください!

 考えてたって、解決しない悩みだから。

 都市計画に携わっている西上さんの話がぴかいちおもしろくて、引き込まれる。あ~、この仕事の展開のプロセスは、いろんなことに応用できそうだぞ。

 ないものを作り出すことは難しいし、エネルギーもお金もかかる。

 そうじゃなくて、今、あるものの中で、価値あるものを探っていく、見出していく、そしてそれをシェアしていく。

 そんな町づくり。地域復興。環境デザイン。

 「家島」を観光用の島にするために、学生が中心となって、島のよさを探るプロジェクトを展開している話が一番心に残った。その名も「探られる島プロジェクト」
 そうそう。無いものを嘆くより、あるもののよさを多いに喜ぼう!

 そうやって、もっと楽に生きればうまくいくのさ。

 パーフェクトになんてなれやしない。

 足りない部分を補い合っていく。それでいいんだ。それがいいんだ。

 全てはつながっている。

 思想も、人も。

 今日は、また私の中を流れる血が蒸留されたような気分だったんだけど、

 その血が、他のいろんな人びとやものごとと、つながっていることを強く感じたのよ。

 cocoroom発行のフリーペーパーに野村誠さんの記事が載っていたこと、実は、cocoroomの代表の上田さんと野村さんが、古くからの友人であること、その野村さんの友人が糸井先生で、糸井先生と私が同じ職場で、私はその糸井先生の活動やそこからの学びを今日語っていたこと。

 小暮先生、寺山修司・・・いろんなことがらが相互にリンクしあって、体の中、頭の中、心の中をかけめぐっていく感じ。

 どんな偶然。こんな偶然。

 つながって当然なのかもしれないんだけど。だって、趣味は似るから。

 でも、不思議だ。

 ふいふいふい~~~っと。

 日本橋駅の地下商店街で、MOEのお店を発見!はらぺこあおむしの世界にうっとり。エリックカールの絵は、昔から大好きなのだ。なんてったって、色が美しい。図工でもやってみたいな~。なんて考えながら、ポストカードをや絵本を買う。

 青虫。さなぎ。喋喋。

 どれもすてき。

 今日、私は職について話をしたけど、実際のところ、まだまださなぎなんだった。

 先が見えない。真っ暗の毎日。

 ずっとそうかもしれないし、それでいいのかもしれないし。

 でも、今は、今のプロなんだ。

 青虫は、青虫のプロで、さなぎは、さなぎのプロで、喋喋は喋喋のプロで。

 どれでも、一人前なんだ。

 まっくらなさなぎにも、流れる血がある。

 その中で、血は、止まったまま眠っている。。。

 寺山修司さん、ごめんなさい。

 

 明日は、カフェコモンズでインプロのワークショップ。マーチと田中先生と一緒にね。

 ん~~~頭がずっと緊張状態。どうやってリラックスしたらええんかの。

 最近、喋喋が大好きなキューピーでした。ぐっない!

 
 
 

The story of “kid_i_luck”

kid_i_luck

私は、留学前にこんなメールアドレスを作った。

こどもを私がしあわせに。

そんなことができるようになりたくて、10ヶ月の留学に向かう前に作った。アメリカで、どうにか自分を充実させて、少しでも子どもを幸せにできるような人間になりたかった。

全てを持たないといけないような気がしていた。

パーフェクトでならないといけないと、気負っていた。

結局、そんな力は培えずに帰国したのだ。が、かわりにみについたのは、「適当さ」と、「柔軟さ」と、「なんとかなるさ」だった。

できないことを、無理にできるようにしなくったっていいじゃん!できないことも、できることも、みんないい!それがわたし!

そんな感覚が宿ったような不思議な帰国でした。

「子どものよさ」とかいうんだけど、結局、一般的な価値観でいう、「いい」も「悪い」も、みんなよいところなんじゃないかと。しなやかに思考すれば、全ては、キラキラかがやかせるんじゃないかと。

だめなものなんて、この世にないんじゃないかって。

自分の中で、自分に課したがんじがらめの絶対がゆるやかに崩れた。

そうして、楽になっていった。

自分が楽になると、人にもやわらかく接することができるものだ。

自分の弱みが愛おしく思えた。

人の欠点が優しさの結晶に思えた。



そして今日。

傷つきやすい、不器用なふたつの魂。

どうしようもない青空の下で。

私は、誰も、叱れない。

叱る必要がない。

デザイン画はないんです。

私はパッチワークが好き。

お気に入りの柄を足していって、

時には、お気に入りじゃなくても、きれいじゃない色でも足していって、

その場にあるものをつなぎあわせていく。

なんだかでっかくなって、

見た目は美しくはないけど、なんだかあったかくって、

ひとつひとつは最高傑作じゃないけど、全部まとめてみると、とっても愛らしい。

そんなスカートをひるがえして、散歩したい。


そんな感じです。


話は戻って、kid_i_luck。

これには、もうひとつ意味があってさ。

そうそう。勘のいい人ならおわかり。

「喜怒哀楽」

こどもたちと、ともにしたいと思ったのだ。

ともにいきていくこと。

これが、わたしがやりたいことで、

この想いを形にするために、教師という仕事を選んだ。

そんな話を、明日、「この世の仕事~5時間リレーマラソン」というイベント@cocoroom でする予定。

頼まれた仕事は断らない。できるだけ。。。

ということで、明日は大阪。

就労支援か~。すごく興味のあるテーマ。子ども達の未来ともリンクしているのだ。

共に生きていく勇敢な人びとへ。

私なりの、10~30%を出していきたいと思う。

この「10~30%」というのは、そんさんの自己紹介を読んで、なるほど!と思った言葉。

●河野 尊(労働教育・成人教育ファシリテーター)

1970年生。ワークショップ(市民参加型の学び)を企画・制作・進行。
主なテーマ:若者の社会参加、ニートの就労支援、これからの働き方・生き方
を考える、職場の人権・いじめ・暴力・ハラスメントの問題、
人間関係やコミュニケーション、インプロ(即興劇)、など。
安心・安全な場で、参加者どうしが対等に水平的で信頼の関係性を築き、
相互にエンパワメントしあい(力をつけ)、ともに学びあうスタイルを追求。
1~3名の少数者が70~90の力を出して他を引率するのではなく、
その場にいるすべてのひとびとが10~30の力を発揮し
相乗効果的に影響しあうことが目標。
所属の研究会「職場の人権」では、パートや非正規職の問題、女性労働、
若者論、格差社会など、仕事や労働の問題をリアルに取り上げ、話題に。

研究会「職場の人権」
http://homepage2.nifty.com/jinken/index.htm



そんさんは、明日のイベントのファシリテーター。インプロのWSでであった。まだ、一回しかあってないけど今回のイベントに声をかけてもらった。

そういうのも不思議な縁。

私は、出会いに恵まれている。

子ども達とともにした、今日という日は、

喜怒哀楽の中の、

哀の割合が多くって、

それはそれで仕方ない。

その分、次会うときは、

喜怒愛楽で。

透明な魂が、泣いていた。

本当に人を愛するということは、その人が一人でも生きていけるようにしてあげること。。。

もっと、「愛する」ってことを、体現していけるように。。。






いつか見た景色


今日は土曜日。昼過ぎに学校へ行って、荷物を置いてから、すぐ近くのBOOK OFFへ、学級文庫の本を買いあさりにいく。

「科学のアルバム」がたくさん置いてある。値段を見ると、驚きの105円。定価は、1300円くらい。これは、買うしかない!ということで、20冊くらい買い込む。「たくさんのふしぎ」シリーズも素敵なものがたくさんあったので大量購入。歴史漫画に絵本に・・・なんていってると、あっという間に買い物かご二つがぎっしり。自分向けの教育書も買って、結局1万円ほどの買い物。本のためにはお金を使うのを惜しまない私。大満足で学校へ戻る。

でも、なかなか読書を自分から進んでする子どもを育てるのは、難しい。学級文庫の蔵書を増やしても、読む子はどんどん読むけど、読みたくない子は、どんな本が入ろうと読まない。やっぱり、蔵書を増やす以外の手が必要だ。

読書アニマシオンとか、ブックトークとか。。。3学期はそっちにも力を入れていかないとな、と考えている。

「本を読みなさい!」なんていいたくないじゃん・・・。自分から、「読みたい」って思って、読むものだもん。だから、そう思ってもらえるように働きかけないとな~。。。

教室の掃除をしたり、学級文庫を並べ替えたりしているうちに、夕方に。家に戻り、電車にのって、心斎橋へ。

ひろさんと貞方さんと合流。豆腐と黒豆料理のお店でごはん。

今度の「カオス」企画のインプロのワークショップや、学校のこと、その他もろもろを語る。あっという間の2時間でした。楽しいね!黒豆茶のおいしさに感激。何倍もおかわり。

8時過ぎにあやちゃんと合流。ひろさんと貞方さんにバイバイして、パタゴニア心斎橋店へ。

今日は、ここで、スピーカーシリーズというイベントが行われるのだ。

オーロラクラブ。それは、星野道夫さんが生んだ、アラスカで行われる子ども達のキャンプ。今日は、そのキャンプのスタッフの方が、映像や写真といっしょに、その活動の様子を話してくださるというイベントだった。

暗闇に映し出される溜め息がでるほど美しいオーロラの写真。一面の銀世界に子ども達の笑顔。

「雄大」とは。

「悠久」とは。

「大いなる自然とは」

そんな言葉の本当の意味を、子ども達は、身体で感じるのだろうな~。

写真とともに刻まれた感想文集からの子ども達のつぶやきが本当に感動的で、星野道夫さんの言葉もそれまた胸に染み入るものだった。

「オーロラを見ることができなかったけど、全然残念じゃなかった。みんなでオーロラを待っている時間こそが、大切なものだった。」

そんな言葉があった。この子が、どれほど豊かな時間を過ごしたかがわかる。

目的は別のところにあったとしても、それがかなわなくたって、もっと大切なものに出会えることもあるんだよね。そういうことのほうが多いのかもしれない。

自分が思い描いた理想とはちがう、もっともっと素晴らしく、かけがえのないもの。夢では描けない世界。

「子どもの頃に見た風景が、ずっと心の中に残ることがあります。

ルース氷河で見た壮大な自然が、そんな心の風景になってくれたらと願います。

いつか大人になり、様々な人生の岐路に立ったとき、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がするからです。」

星野道夫氏のこんな想いから生まれたオーロラクラブの活動。

そうだな~。。。共感しながら、自分がこれまで見てきた数々の素晴らしい景色、懐かしい景色がかすんでみえた。しかし、私の日常の中に、そうした時間は、流れているだろうか?記憶の片隅にのこって、何かを語り続けているのだろうか?

いないよね。。。

ねえ、もっと描こう。いつか見た風景を心の中に。

印象に残った星野氏の言葉。

「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」         星野道夫「旅をする木」
感じなきゃいけないような気がしたんだ。

圧倒的な景色を今日目にしたことで。

私の世界とは全く違う場所で、流れている時間を。

見えないものでも、確かにそこに存在するのだから。

ただ、形として表れるまでに、時間がかかるだけのこと。。。

私は、そのことを、もっと意識すべきなんだ。

どうしても、形に追われてしまうから。

星野氏のアラスカへの旅は、一冊の本との出会いかた生まれたという。

読書は、自分の世界を広げ、豊かにする方法・・・そう思うから。やっぱり、子どもたちに本に出会わせたい。

そして、強く、心に感じたこと。

あ~!こんな景色を私の学校の子ども達にも見せてやりたい!

こんな世界もあるんだよ。こんな価値観もあるんだよ。こんな気持ちよさもあるんだよ。

学校では示しきらないことがたくさんありすぎる。

大事なことは色々あって、でも、学校では、そのうちのいくつを適切に伝えられているんだろうか?

学校に6年いても伝えきらない大事なことを、自然やあたたかい人とのつながりは、短くて濃縮な時間で、心に染みいるように、そっと教えてくれるんだろう。

子ども達に、毎日の暮らしとは異なる時間と観念を、伝えることは可能だろうか?

それは、私自身がしなくていいことなのかもしれない。他の人にまかせておけばいいのかもしれない。

結局、人間はパーフェクトではないんだから。

でも、自分の満ち足りなさは、結局ずっと残っていくのだろうという気がする。

今の自分の中にある、その空っぽの存在も、そこに由縁しているのかもしれないとふと思う。

もうひとつの時間を意識できたなら、何かが変わるのだろう。

そんな気がする。



電車の中では、「翼広げる子」(明橋大二)をひたすら読む。自分の子どもとの関わり方や、見方について考えさせられる。この方の著書は本当に素晴らしい。いたるところにユニバーサルなデザインと愛が感じられる。

心の大地に染み入る恵みの雨。

今日という日。

「生」と「死」について考えざるをえなかった日。

私に伝えられることがあるとしたら。。。

そういうことを考えた日。

何かぼんやりゆらめいている。

形になるのは、ずっと先なんだろう。

それでいいじゃないか。

星野氏は、そう語りかけてくれた気がする。








走り書き


何気ない一言の重みを感じた一日だった。

 一日、一日がこゆい。

 あったことの全てを、感じたことの全てを書き綴るには、想いが足りない。

 わかっていること、自分で調べられることは、聞かない。

 いや、正しくは聞けない。

 人に質問するというのは、それだけ、責任がある気がしていて、

 軽々しくできない。

 

 とんでもない嫉妬。

 人といると、こころのてんびんが頻繁に動く。

 絶え間なく動く。

 そういう自分がいやで、でも、一生付き合っていかないといけないのだろうという気がしている。

 だから、嫉妬心を遠ざけるために、一人でいるんだ。

 嫉妬と優越から距離をおくために。


 先週の金曜日の出来事を、どうしてもしるしたい。

 クラスでとびきり明るくて、元気がよくて、ユーモアがいっぱいで、人気者の男の子がいる。

 その子の正義感や優しさに私はどれだけ支えられたかわからない。素敵な子。

 その日、彼は日直だった。

 帰りのあいさつをした後、椅子に座り、ウィンドブレーカーを頭からかぶって、じっとしている。

 明らかに様子がおかしいので、声をかけるが、返答なし。他の子に、どうしたか聞いてきて、と頼む。

 「先生、●●泣いてるで。」

 「な~、●●どうしたん?」

 誰にも理由がわからない。

 泣いたところなんか、見たことがないような子なのだ。

 理由を聞いても、「別に」「何となく」と答えるだけ。

 帰ろうとするが、ん~、これはおかしいと思い、一緒に話そうと職員室の横の部屋に連れて行く。

 「いやなことがあったんか?」「ちがう」

 「友達のことか」「ううん」

 「くやしいことがあったんか?」「うん、まあそういうかんじ」

 ・・・・・・

 「よかったら話してみ。話して楽になることもあるしな。」

 そう言って、待っているうちに、その子が、涙をぽたぽた流しながら、少しずつ語りだした。

 「…12月くらいから、自分が自分に優しくなって、まわりの人に思ったことをすぐ言ってしまう。」

 そうなのだ。彼は、友達に対して、あるいは、私に対して、思ったことを素直に口にし、そのことで人を傷つけていると自ら感じ、そんな自分を自分で責めて、苦しんでいたのだ。

 “…やさしい心の持ち主は、いつでもどこでも我にもあらず受難者となる…”
                          吉野 弘「夕焼け」

 私には、彼が背負った十字架の重みが愛おしくもあり、切なくもあった。

 なんて、美しい魂なんだろう。

 頬を伝う涙の理由を、彼は口にしない。

 それは、自分が自分に対して流す涙。

 誰にも知れずにそっと流す涙。

 目に見えないところで、戦っている健気なこころ。

 その尊さは何にもたとえられない。

 ひとりぼっちなのだ。

 それでも、いきてゆくのだ。

 誰も知らない、自分を。。。

 


 心が細かく震えている。

 生かされている、人によって。私の心は、呼吸をしている。
 
 

わからないから、「かく」のだ。

“あ~、これ、ブログに書こう。”って思うことはたんまりあるのに、一日の最後に、自分と向き合う時間がとれないのは口惜しい。しかし、明日のために…と休息をとってしまう。


 そんなこんなで、なかなか更新できない私の帰り道日記。

 今日は、走り書き程度に残そうと思う。

 なにやら、私は、トイレでひらめくことが多いらしい。

 トイレから出るときは、足取りが軽いんだもの。

 なんか、関係あるんやろか。密室の方が、ひらめくとか?そうなんかいね。

 

 わからないから「書く」。

 教材研究をする。先が見えない。どう指導していいかわからない。予定が立てられない。

 そういう時は、子どもと向き合う。

 今日は、明日の図工のアイデアが思い浮かばなかったから、子どもの作品にコメントを書き続けた。すると、なにやら、ひらめくものだ。

 今日の授業でうまくいかなかったこととか、子どもの苦手とか、素敵なところとか、浮かび上がってきて、“あ~、じゃあ、明日はこうしてみよっ”とか、急に元気になっちゃって。

 考えてみれば、よくあるんだ。

 ブレーンライティングとか、ラフスケッチとか、マッピングとか、全部好きだけど、同じよね。書いて、つなげていくと、なにやら出てくる、出てくる。。。パソコンや本を見て、教材研究をするのも大事だけど、子どもが見えにくくなったりもするしね。2,3時間研究して、結局、まとまらないことも多々あるし。

 予定は未定なんだけど、子どもと向き合えば、そこから、なにやらおもしろいことが出てくるらしい。

 だから、わからなければ「書く」!

 

 それからもって、わからなければ、「掻く」だね!汗かき、べそかき、時にはいびきかいて、ぐ~ぐ~ねちゃうのもOKなわけで。

 「若い時に苦労は勝ってでもしろ」っていう言葉が結構好き。汗かいて、べそかいて、身体で学びたいと思う。何も先が見えないから、そうすることが不可欠だ。

 あとは、わからなければ、「(はじを)かく」よね。「恥をかくことを恐れるな。」っていうのは、黒澤明さんの言葉で、まあ、私も恐れているわけだけれども、それでも、なんだかんだと恥をかき、結果刺激的な学びを手にしていると思う。

 人間、学ぼうと思えば、どんなことからでも学べるのね。やっぱ、教師は学びのプロでないといかんな~。。。教えるプロじゃなくて。

 


 それから・・・

 最近、子どもがすっごい言うことを聞くようになって、それが逆に怖かったりする。

 何を言っても反抗していたときに比べれば、やりやすいし、よくなってるんだけど、怖い。

 思い通りにできてしまうのは、怖い。

 私の思いなんていう、ちっぽけな枠に、子ども達におさまってほしくないわけで、反抗したり、調子にのったりっていう、自由気ままさも、私との関係の中には絶対必要と思う。

 いつだって、無限の可能性が開かれているべきで。。。

 その絶妙なバランスが難しいな・・・。

 「どうしてあれを許すの?」「藤原さんが、もっと強く要求すれば、彼らは聞くよ。それは、藤原さんの責任だよ。」とかって、指導教官に言われた。
 
 ん~。そうなんだけどな。でも、別にいいかな、と思うことに対しては、強く要求できない。うまく演じられない。だから、ほっておく。そんな感じなんだ。

 自分の中では、筋が通っていて、感覚的に、「これはOK」「これは許せない」っていうのがはっきりしてるんだけど、それが、傍からみてると、理解できないらしい。

 どうなんだろう。。。わからない。

 ただ、ストライクゾーンは、できるだけ、広く持っておきたい。

 そして、子どもたちにも、それを示したい。

 子どもの可能性を伸ばしたい。

 そのために、ある程度のきままさとか、自由さとか、わけのわからなさとか、どうでもよさとか、そういうのを受け入れたい。

 「いい」とか、「わるい」とかっていう判断を、教師がきめつけすぎるのは・・・!?

 普通では、理解できないようなもののなかに、とびきり素晴らしいものが隠れている。

 私は、そういうものを、自分が理解できないという理由だけで、心地悪いという理由だけで、排除することが、怖い。。。

 しかしながら、「学校」「授業」「クラスルーム」である以上、ラインはあるのですが・・・。

 という、果ての無いもやもや。

 ま~、いいでしょう。

 それにしても、3学期のキッズは、これまた素晴らしくて、そのおかげで、私もずっと自然体になって、教材研究にも身が入って、いい具合でときが流れます。

 不安と、感激が半々くらいだけど、それもいいのかな。

 とにかく、キッズの優しさに、救われているのです。

 そうだね、優しいクラスがいいよね。

 弱い人が手を取り合っていく社会こそ、素晴らしい。

 カンペキである必要がないと知ったとき、わたしたちは、ありのままでいられ、解放され、無限の想像・創造の世界へはばたける。。。

 カンペキでなくてもいいのさ。

 30人+1で、何かが生まれていけば、それでいいのさ。

 という、真っ暗闇の、明るい協奏曲をかなでている、4年2組です。

 おう、もうこんな時間。

 もういっちょ、明日に向けてがんばりますか!
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ