2007年07月

夏の記憶 「傷」


 8月1日。あれから9年が経つ。

 消えようとしている。忘れかけているといってもいい。

 消えてしまうの?せっかくつけてもらった傷なのに。

 「飼い犬に手を噛まれる」っていうのは、すごく間抜けな話だと思ってた。

 自分の傷の話も、そういう間抜けの類の話なんだろう。でも、100%笑えない。その傷には、「私」が表れていると思う。

  

 暑い、厚い夏の朝。

 お母さんが、私を呼び起こす。

 「快が逃げただあな。はよ起きてつかまえて。」

 こんな朝が、実家にいたころ、何度となくあった。うちの犬、「快」ときたら、とにかく脱走の常習犯。そして、もっと悪いことに、一度鎖から離れると、飼い主に向かって、歯をむき出しにし、血相を変えて吠える、うなる、噛み付く、という習性があったのだ。

 うげ~~。。。でも、なんとかしな。雄犬なので、雌犬に手を出すと大変・・・。また、人に噛み付く危険性もある。車に引かれるかもしれない・・・とにかく一刻を争う一大事。

 しかも、その日、運の悪いことに、彼は、首輪さえ、つけていなかった。首輪があれば、鎖とつなげば、一件落着。しかし、首輪もついてないとなると、まずはそれから首に巻かねばならない。それは、考えただけで、ぞっとするような大変な作業だ・・・。

 情けない飼い主と思われようが、まあ、躾が悪かったのだろう。そういう風に育ってしまった。躾といっても、小学生にたいした躾が出来るものでもないが。

 さて、家の周りを自転車をこぎこぎ探すと、あちこちで、白い犬が駆け回っている姿を目にすることができる。しかし、猛スピードである。彼にしたら、せっかく鎖から解き放たれ、自由になったのだから、走り回っていたいのである。それを防ごうとする飼い主は、敵に他ならない。

 「かい~!」と呼んでも、「かいくっくのテーマソング」を歌っても、エサを見せても、まったく反応を示さない。

 これは、やばい。焦る飼い主。

 手には首輪と紐を握り締め、犬狩りを続ける。

 
 犬を見失い、あちこちを歩いていると、何やら、よその犬が吠える声が聞こえる。

 あ、あれは、友達の家の犬だ・・・雌犬・・・やばい!

 行ってみると、よその犬の周りを、快が、うろうろろ歩きまわっている。

 なんとかしなきゃ!私がなんとかしなきゃ!大変なことになってからでは、取り返しがつかない。

 私しかいない!立ち向かうしかない!

 私は首輪を握り締めた。

 「快・・・、こっちおいで」

 私が自分を捕まえようとしていることに気づき、快は、低く、ウーっとうなり声を上げる。前歯の歯茎が見え、目は、イッテいる目だ。

 やばい・・・こわい・・・

 でも、そんなこと言ってるばあいじゃない。

 じりじりと攻め寄る。そして、私は・・・





 気がつけば血だらけだった。

 腕から、白い蛋白質のようなものが、見えていた。

 首輪は、私の手に握られたまま。快は、相変わらずうなっている。

 

 人の家の庭で、私は、飼い犬に向かって、血だらけの腕を見せながら、問いかけていた。

 「あんたが、しただで。こんなことして・・・。なんで、こんなことするの・・・。こんなんになったやんか・・・。」

  自分の愛する犬に、ひどい目に合わされたショックと悔しさで、わんわん泣いて、家までの道を血と涙をだらだら流しながら帰った。

 

 家に帰ると、母親が驚いていた。

 水で、手を洗い、血を流すときも、病院に行く車の中でも、待合室でも、看護婦さんの前でも、診察の間も、私は、大声で、泣き続けた。中学3年である。

 「もう、泣かんでもええやろ」

 誰もがそういった。でも、私は泣くことをやめられなかったし、やめなかった。

 痛くて泣いてたんじゃない。

 悔しかった。でも、それだけでもない。

 私がやらなきゃって、覚悟を決めて、立ち向かった勇気、そのぎりぎりの緊張。

 それが報われなかった・・・大好きな犬に、傷をつけられた。

 自分で整理がつけられなかったんだと思う。気が済むまで泣いて、泣いて、事実を受け止めようとしてたんかなあ。

 家に帰って、涙はとまったのに、今度は、もっと泣きたくなって、吉野弘さんの詩を読んでは泣き、「花さき山」の絵本を読んでは泣いた。体が泣くことを欲していたから。

 あんなに泣いたのは、あれが最初で最後。

 あのときの腕の傷と手の傷は、いまだに残っている。

 なでてみても、もう痛くない。ああ、消えていくんだろうか、せっかくつけてもらった傷なのに。

 快は、それからも、何度も逃走を繰り返した。ヤンチャ坊主で、暴れん坊で、でも弱虫で怖がりで・・・。でも私が泣いたときは、ぺろぺろと涙をなめてくれる、優しい私の恋人だった。

 今年で、彼は15歳。今も、まだ実家の縁の下で、したたかに生きている。

 

 私をあんなに泣かせておいて・・・もう、2度と、泣かせないで。

 ね、快くん。

 
 あのとき、私も若かった。

 あれは、正しい判断とは言わないね。
 
 

 でも、それでも、ああするかもしれない。

 私にとっては、精一杯の勇気と覚悟で、

 それは全く賢くないのだけれど、

 

 そうするしかなかった。私の思考回路、行動回路。

 未完成の記憶。

 夏の記憶は、理屈じゃ説明しきれないよ。



 この話を笑えてたなら、もっと私の人生も違ってただろうね。

 ね、快君?

ずっこけてみるといい。でも、ただでは起きない!石ころつかめ~~!!


今日はいずみホール@京橋で行われるあいのてさんと子ども達のコンサートに出かける。

 糸井先生が劇団衛星さんのキャンプに行かれることになったので、高校の吹奏楽部時代の後輩の優ちゃんと一緒に出かけることに。

 優ちゃんは、Mixiで再会した。今は、大学院で心理学を学びながら、小学校の教員免許を取得しているらしい。シュタイナー教育についてなど、色々興味深い話をしてくれる。優ちゃんとこんな話をするなんてな~。高校時代の友と教育の話をするのは、なんとも変な感じ。でも、おもしろかった。

 ゆっくりランチしたあと、いずみホールへ。

 すっごく綺麗なホールでびっくり、ゆったり。

 あいのてさんは、あいかわらず素敵で、もう、抜群。

 「静かに聞くというよりは、耳を澄ませて聞いてくださいね。」

 本質をつく、言葉かけ。アーティストさんの子どもへの言葉かけは、耳に心地よく、自然と真似してしまう。

 学校にいると、ついつい高圧的な言葉に慣れてしまう。そんなの、むいてないのにね。

 自分の身体にあってないことは、意識しないと身につかない。

 自分の身体になじむことは、無意識のうちに身につく。

 私の身体はそういうふうにできている。

 恋人同士が一緒にいると、似てくるのって、そういう理論だと思うよ。好意的なことは、真似しちゃうんだよ、人って。

 いろんな人の口癖がうつって、今の私が生まれている。私、好きな人がいっぱいいるんだな。
 
 野村さんの鍵ハモのソロにきゅんとなった。

 野村さんのワークショップにも、言葉にも、しゃべりにも、音楽にも、全てに魅了される。

 本当に、底知れぬ魅力を持っておられる方で、感激してしまう。

 音楽家だが、私にとっては偉大な教育者だ。

 子ども達が作った音楽は、実にユニークで、ぶっとんでた。

 「口の宇宙」では、みんなの口のいたずらが、美しい川のせせらぎや、風の音のように聴こえた。私達は素晴らしいものに囲まれていきているが、それに気づいていないだけなのだ。または、気づいても、そこに価値を見出せず、素通りしている。

 子ども達は、間違いなく、天才音楽家で、しかし、大人は、それを見ても、見てみぬふりをしたり、「しょうもない」「そんなことやめなさい」で片付けてしまう。

 私は、子ども達に芸術家、アーティストと呼ばれる人達に出会ってほしいと思う。なぜなら、アーティストのかたがたは、何気ないものに、おもしろさを見出す、美しさを見出す、永遠を見出すプロだからだ。

 アーティストのかたがたは、誰も思いつかないようなへんてこりんなことや、素晴らしいアイデアを思いつくプロだからだ。

 アーティストは、未来を生きていると思う。最先端を生きていると思う。

 私達より一歩先を歩いて、世界の素晴らしさ、新しい視点を持って世界を見つめなおす術をほのめかしてくれる人々だと思う。

 だからこそ、人生の初心者で、しかし、もっとも未来に近く、最先端の若さと未熟さをもっている子ども達と出会い、子ども達のユニークさに共感し、それを他の大人に知らせてほしい。そうした発見が苦手な大人に、子どもの素晴らしさを伝えてほしい。それができるのは、教師ではなく、アーティストなのだと思う。

 もちろん、アーティスティックな感性を持てば、誰もが、子どもの素晴らしさに気づけると思うのだけど。
 
 でも、やっぱり、ぶっとんでる子ども達には、ぶっとんでる芸術家がよく似合う。

 片岡さんがリードされた、ずっこけ指揮者とすっごけこっこーも、ワークショップの雰囲気そのままの、ずっこけ具合で、子ども達が、舞台上で、大笑いしながら音楽を創ってるのが、見ていてほほえましかった。

 野村さんのグループの子ども達の、「やぎふんじゃった」は、もう題名だけで、爆笑。「どんなやぎでしたか?」って、お客さんに聞くんだよ。ああ、音楽は、聴いてもらったお客さんが感じるものなんだな。お客さんの心に音楽はあるのだ、って思わされた。

 そして、音楽を聴きながら、子ども達を見ながら、こう思った。

 「子どもは、正しいことをするのが苦手。間違ったことをするのは大得意!」

 ナンセンスで、ユーモラスで、誰もやったことがない、とびきりの方法。

 それは、間違うってことから、始まるのかもしれない。

 ドーナツだって、ハプニングから生まれたんだよね?

 歴史の中で、間違いや、トラブルから生まれた新しいアイデアっていっぱいあるよね。
 
 私の歴史の中にもたくさんある。

 人間は、間違いから学ぶほうが得意で、ずっとよく身につくんだから。

 だから、恐れずにやってみるの。

 ころんでも、ただじゃ起きない。

 外国に出ることは、知らないことだらけで、間違うチャンスがいっぱいある。だから、毎日、五感でめいいっぱい学べる。自分の中にアンバランスな天秤がいくつも生まれて、そのアンバランスな中で過ごすことによって、三半規管が鍛えられる。ここでいう三半規管とは、感性。しなやかな感性が磨かれる。いろんなことを受け入れられる土台ができるから、バランスがとれるようになってくる。

 だから、私は、外国に行きたいと思う。

 電車の中では、「国際理解教育」についての本を読む。2学期から授業を考えたいけど、ちょっと、自分のやりたいことや、今の時代のニーズを、もう一度、見つめなおすために。

 夜は、AETのジェナ先生のお別れ会。といっても、居酒屋で数人でわいわい。ジェナ以外は初めて会う人ばかりだったけど、みんな気やすくて、久しぶりに英語で色々話す。

 ジェナとは、去年の10月に運命的に出会ったな。あ!この人って、すごく惹かれるものがあって、平盛小に来てほしいって、お願いした。それから、約10ヶ月、何度か一緒に授業をしたな。

 彼女のバイタリティーと、とびきりのスマイルとグーフィーな行動や表情が、子ども達は大好きで、ジェナもまた、平盛小の子ども達を大好きだといってくれた。

 新しい授業をいくつか試みることができたのも、ジェナのしなやかな感性と、バイタリティーのおかげだと思う。

 新しいことを試みるのに、最高の相手だった。

 でも、もう来週の火曜日には、カナダに帰ってしまう。

 最後に、ジェナ色のポーチと、ブローチと、sousouの靴下をプレゼント。

 

 笑顔でのお別れ。次に会うのは、カナダかな?

 別れのとき。ああ、私は、この人と出会ったのだ、と思う。

 

 「人生は、出会いによって広がり、別れによって深まる」と、小藪実英さんはおっしゃる。

 

 先ほど書いた、子どもの天才っぷりと一緒でさ。

 出会いのチャンスは、石ころのごとく、広がっているのだ。

 しかし、それを、拾って、楽器にしちゃって、曲をつくっちゃうのと、

 ただ、通り過ぎていくのとでは、生まれるものが違ってくる。

 チャンスは、ものにしないと。

 

 この数日、自分の中で唱えている言葉。

 私には、チャンスがある。

 ものにするか、しないかは、私の勇気と行動力にかかっている。

 

 石ころを拾って、すりあわせるがごとく、

 レジ袋を手に取り、シャカシャカするがごとく、

 チャンスをつかむんだ。そこから、新しい道は開けるんだ。

夏の記憶・・・ 「卒業写真」

 小さな地域の小さなお宮。「かわそっさん」と言われる水無月祭りで、

 彼女はカラオケ大会に出るんだった。

 そのカラオケ大会で歌う曲を、彼女はずっと車の中で流して、歌っていた。

 「卒業写真」

 悲しくて、寂しい曲だった。

 「昔は、荒井由実っていう名前だったの。」

 カセットを眺めながら、そんなことを話していた。

 

 その夏は、私が覚えている夏の中で、一番寂しい夏だ。

 ある人が消えてしまった。

 彼女はうろたえ、しかし、あいかわらず歌を歌っていた。

 カラオケ大会に出てる場合じゃないのに・・・。
 
 白い洋服を着て、舞台に立っていた彼女を、私は、遠くで見ていた。

 

 寂しい夏なのに、私達は、ディズニーランドに行った。

 初めての東京。

 頭の片隅には、消えて、戻ってきて、傷つけて、また消えた人が残っていたけど。

 彼女は、私と弟を連れて出た。

夢のように楽しかったけど、3日目の夜、ホテルで兄弟そろってオネショした。

 3人で笑った。

 「もう、3年生と4年生にもなっているのにねぇ。」

 


夢から覚めて、家に戻ると、玄関の横のガラスにかかった簾が片方だけ外れていた。

 なんだか、荒れ果てた家に帰ってきたみたい。

 私達だけ、竜宮城に行ってきたんじゃないかって思ったくらい。

 

 ユーミンの卒業写真と一緒に過ぎていった。

 今でも、あの歌と聞くと思い出す。

 白い洋服を着て、マイクを持って歌っていた母の姿。


 物悲しいという言葉を知らないうちに、

 それがどんな意味であるか、

 もう、知ってたわ、私。


 歌なんて歌ってる場合じゃないのに。

 

 悲しくて、寂しい夏だった。

経験を用意するというアプローチ

 
 経験を用意するというアプローチ。

 失敗を用意するというアプローチ。

 失敗や問題を取り除こうとする教育的配慮。

 今日、自由プールは担当。

 ボール拾い競争でのヒトコマ。

 私は男の子チームの担当で、拾ってきたボールをかごから一つずつプールに投げ入れることになった。

 私のまわりには、男の子達がうじゃうじゃ。ボールを見るとテンション上がる人達である。

 当然のことながら、数えて投げ入れる役をやりたがる。

 「1」は私がポーン。「次、おれやりたい。」というので、「うん、じゃあやって」と、言うと、「2」と言った瞬間に、5人くらいが一斉に投げる。笑。「おい~~~!」と、まわりの男子の声。

 ちょっと気まずい空気が流れる。

 しかし、彼らは自ら学習した。

 次からは、お互いの顔と動きを伺いながら、順番に投げていく。

 おう、これは、指名なし発言と同じようなテンポ感。

 「おれが」「おれが」という自己主張が、それではうまくいかない、という失敗を経験したことでなくなり、まわりを気づいかいながら、しかしやりたいことは実現させていけるようになった。

 ほんの、5分程度の出来事だったが、確実に子どもが子ども自身の気づきによって変わった瞬間だった。

 これだよな~と思う。

 その時、私は、「ああ、絶対一斉に投げてぐちゃぐちゃになるな」と思ったけど、面倒くさくて、言わなかった。また、「あれ駄目、これ駄目」ということに1学期中でほとほと疲れているから、夏休みに子どもと遊ぶときくらい、言いたくないのだった。

 だから言わなかった。

 でも、言わなくて正解だった。

 子ども達は、失敗しないで、カンペキに何かをすることから学ぶんじゃないってこと。

 私は、色んな本を読んだり、話を聞いたりする中で、脅迫観念のように思っていることがある。

 それは、「子どもが授業がわからなかったり、ストレスをためたり、自分勝手な行動をしたり、教師を困らせたりするのは、子どもが悪いんじゃなくて、教師の指導が悪い。」というもの。

 子どものせいにしない。自分の指導が至らなかったから、なのだ。

 この発想はすごく大切なもの。

 それを前提に話をする。

 でも、私が、こう考えすぎて、子どもにストレスを与えないように、問題が起こらないように、子どもが困らないように、子どもにとって上手くいくように・・・と考える。すると、子どもは心地よく過ごせて、安心するのだが、ん~、何か足りない。用意されたものの上でした遊べないというのは。

 ディズニーランドで遊ぶようなものだ。ゲームセンターで遊ぶようなものだ。
 
 与えられたものの中で満足してしまう。それは、安全で楽しくて、子どもにとっても、大人にとっても、都合がいい。

 約束された価値。

 それに対して、大人が、手をぬくと、子どもは混乱し、不安定になる。

 はっきり言って、これは、教育的にはあまりよくないとされる。

 でも、子どもには、自分自身で問題を解決していく力が備わっているので、その力が育つ。

 与えられない分、教えられない分、自らの混乱を自らの力で秩序づけ、整理し、解決しようとする。

 子どもの、その自ら育つ力まで、摘み取ってしまっていないか?私は、行き届いた環境や、大人の配慮に、危うさを感じる。昨日書いたことと、重なってくるのだが。

 自己教育力。私は、これこそが生きていくために必要な力だと思うが、これが身につかないという気がする。満たされた環境では。

 子どもを不安定な状況におくこと。

 これって、すごく勇気がいるけど、大切。

 準備しすぎた授業より、全然準備が行き届かなかった授業がうまくいったようなときがあるのは、そういうことかもしれない。

 でも、準備をしていないと、いい教師とはいえない、という脅迫観念があるのですが・・・。はぁ。

 結局は教師である自分の中に余裕を作れるかどうかなんだな。

 教師としての準備万端は、子どもに失敗や、不安定要素をプレゼントして、それによって子どもが学ぶっていうことや、その境遇から学びを深めさせられるというアプローチを教師ができるかどうかってことだ。

 つまり、やっぱり、準備はいる。

 で、その準備は、一般に思われがちな、「安全・安心」なものを目指すことではないってことだ。

 子どもを掌で転がすような、アプローチ。それくらい、長い目と、広い視野と、多様な選択肢と、子どもへの熱い信頼があってこそ、その掌で子どもを転がすアプローチができるんだろう。
 
 やはり、引き出しを増やすってことだな。

 
 

 

 

 
 
 

おろおろ歩く、アンバランスな私の小さなレジスタンス。

一度日記を書いたが消えてしまった。ので、もう一度。先ほど書いたことはもう書かない。先ほどと同じことをしようとすると、思い出そうとするため時間と無駄な労力が掛かるので、全く別のことをしようと考える。きっと、書きたかったことは、つながるはず。

 毎日、日記に何を書こうと思って過ごしている。

 2年前、ブログを着け始めてから、毎日。

 これは、ブログのネタになるな。これは、発信したいな。そんなことを考えている。書くために生きてる。そして、感じるために、考えるために書いている。

 さて、今日は、一昨日からのひっかかりについて書いてみたい。

 「わかりやすさ・わかりにくさ」についてだ。

 正確には、この話題は、池田先生@橘大のお話やブログにもたびたび登場しているので、以前から考えてきたことなのだが・・・。

 昨日の飲み会の席で、ある先生と研究大会の話をしているときに、こんな風に言われた。

 「藤原さんの学級通信は、すらすら書いてあるでしょう。でも、字がばーっと書かれてるよね。中学生なら、あんなんでもいいけどねぇ。(研究会に行けば)そういうレイアウトとかも教えてもらえるよ。」

 「ああ・・・そうですね。」

 そこで、また二つの私が頭の中で葛藤を始める。一言で、バランスを崩す、小心者の弱い、ちっぽけな私である。

 一人の私はこう言う。「あ~、やっぱこんなふうに思われてたんや。いややな~。やっぱ、読みにくいよな~。しょんぼり。」

 そして、もう一人の私はこう言う。「ん?なんか納得いかないな。別にレイアウトなんか教えてもらわんくっても出来るし。私のは、見栄えより、内容勝負だもん。それにもっと違う狙いが私にはあるんや・・・。わかってないくせに~!!」笑

 その後は、ずっとバランスを崩したままで、今日まで来た。そして、やっと、自己肯定できて、安定を取り戻せた。というのも、自分の中で、自分を説得する意見が持てたのだ。

 なぜ、私が、文章がぎっしりの学級通信を書くのか。

 まず、分量が圧倒的に多い。私が学級通信を書くのは、大抵クラスで何かをテーマに話し合ったりしたときなので、子どもの感想を全員分のせる。そこで、一枚、または裏表に納めようとすると、必然的にぎゅうぎゅうになる。もちろん、レイアウトにはそれなりの配慮をして、その結果である。

 次に、私の学級通信の書き方のスタイルは、このブログと同じように、語りかけ、または独白口調。つぶやき口調である。自分が、6年2組というドラマの語り手のように書いている。学級通信というより、ノンフィクションの小説を書いているような感覚なのだ。事務的な連絡はほとんど書かないし、メッセージや描写がほとんどである。

 ということは、私は、一般に言われるような学級通信ではなく、クラスの声を届けるドキュメントとして書いている。小説は、文章がずらーっと書いてある。それに違和感はないはずだ。私の学級通信は、ノンフィクション小説なのだ。

 そして、もう一声、レイアウトについて。レイアウトに気を配るというのは、もちろん、読み手のことを意識して、「読みやすさ」を考えて見栄えのいいスタイルにするということだ。

 しかし、そうやって読みやすくすることが、本当に読み手のためになるだろうか?

 私のは文章がぎっしりで、確かに、中学生・高校生向きかもしれない。しかし、実際、子ども達は、通信を必死で目でおいながら、読んでいる。誰一人、読まないでおこうとする子はいない。それは、去年の4年生でも一緒だった。子どもに迎合して、わかりやすく単純なサービスを施して、その子達に合った内容にすることも可能だが、それが、子ども達にとって本当にいいこと?

 確かに、文章はぎっしりで読みにくいかもしれないが、それでも必死で読むことで、力は着くだろうし、子ども達から、読みにくいから読まないとの声は一切出ない。読もうと思えば読めるのである。自分や友達の声がつまった小説は、読みたいのである。必死で探して読むのである。

 だから、私は今の学級通信のスタイルを変えない。変えようと思えば変えられる。読みやすい、普通の通信にできる。でも、それは、私の創りたいものではない。だからそうはしない。

 大人は、子どものことを考えて、子どものためにあれやこれやと配慮をするんだ。

 もちろん、子ども達のフォローに役立つこともあれば、逆に、子どもの成長や、自発性、自ら学ぶ力をもぎとっているともいえる。

 ホーム・スクーリングの話でも言えること。例えば、学校に行かせると、友達の悪い影響を受けるから、家で親が勉強を教えるという。

 それって、本当に子どもにとってはいいこと?

 私は、NOだと思う。

 本当に子どもに力がつくというのは、それは、どんなに友達からの悪い影響があっても、それに対してNOといえたり、自分の考えを持って行動できたりする力が身につくことだと思う。

 環境を整えすぎても、子ども達は、自ら学ぶ力をそがれるだけだ。

 私は、どんな環境でも子ども達はたくましく育つ力を持っていると信じたい。

 いじめを受けたって、それをプラスに変える力。

 両親がいなくても、人生を切り開いていける力。

 悪い状況下にあっても、そこに、希望を見出すことのできる想像力。それこそが、私の信じる生きる力である。

 話を戻して・・・わかりやすくすることが、いいとは限らない。

 確かに、わかりやすい授業は大切。わかりやすい説明は大切。

 でも、あまりサービスしすぎると、お客さんを甘やかすことになる。

 教育はサービス業じゃない・・・んだから、子ども達自身に力をつけることを考えて、いかなきゃならんなあ。

 なんとか、自己肯定感を保つために、文章を書き上げました。

 それでも、また。誰かの一言で、バランスを崩す、アンバランスな私ですが。

 おろおろ歩いていきます。宮沢賢治は、素晴らしい師だ!

 
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