2008年03月

ためらいみせず・・・サクラサク



桜の花。この前つぼみだったのに、もうはなやかに、春をにぎわせている。

 校庭の桜。川沿いの桜。小道のしだれ桜。

 ねえ、もうちょっと待ってよ。まだ、もう少し先でいいんじゃない。

 そうつぶやく私の声に、ためらうこともなく。

 これじゃあ、入学式までに散っちゃうね。写真をとりながら、ちょっとためいき。


 花たちが、新しい季節を連れてくる。

 お日様も、春風も、全てが私を心地よくする。

 
 何もしないことに、うしろめたさを感じずに、のんびりと構えていられる。

 1年間、どこか緊張しながら、走っていた。

 ゴールまで、どうやってたどり着こうか、頭の中で、常にそのことがうずまいていた。ほっとすることなんて、できなかった。

 だから、長い道のりを終えて、ただいま休憩中なのだ。もくもくと、荷物整理なのだ。

 卒業式から、しばらくは、余韻で、ちょっとしたことで、涙もろくなってた。

 もう、だいぶ落ち着いた。

 今日は、髪の毛をばっさり。

 春ですから。

 古い荷物は捨てて、いやな記憶も消し去って、すっきりとスタートするんだ。

 大切なものは、もうすでに、身体に吸収してあるから。

 だから、あとは、軽やかに、しなやかに、春の風にのれるように。

 
 出会ったことの意味合いは、別れることによって、深く、染み渡るのだろう。

 愛するために、離れるっていうのは、ゆえに、正しく、真実だ。

 

 そうして、谷川俊太郎の詩を思い出す。アメリカを去る前に、エリカがくれた手紙に、同封された詩。

 崩れ落ちてしまわぬように。

 途方にくれてしまわぬように。

 ちゃんと準備をしてきた。

 親離れもした。

 だから、ひとりで歩いてゆけるの。

 それほど、強くなって。強くならずにはいられなくて。
 


 「これが私の優しさです」  谷川俊太郎


窓の外の若葉について考えていいですか
そのむこうの青空について考えても?
永遠と虚無について考えていいですか
あなたが死にかけているときに

あなたが死にかけているときに
あなたについて考えないでいいですか
あなたから遠く遠くはなれて
生きている恋人のことを考えても?

それがあなたを考えることにつながる
とそう信じてもいいですか
それほど強くなっていいですか
あなたのおかげで

 


 

旅路の果て

わかってなかったのは、結局のところ、私だったんだわ。

卒業式っていうのが、どんなものなのか。

もっといえば、「子ども達が卒業していく」ってことがどういうことか。いまいち、ピンときてなかったんだ。

絶対泣かないって思ってた。こんな気持で泣けるもんか。そう思ってた。淡々と、卒業式は過ぎていって、私は、また泣けない自分を悔やむのだろうと。

でも、わけのわからない涙が出た。なんで、なんで?どうしちゃったの、私。こんなに涙もろくないはずなのに。

そのわけがやっとわかったのは、夕暮れの教室。

子ども達が二度と戻ってくることのない教室に足を踏み入れたとき、自分がなくしてしまったものを知った。

今日まで、当たり前のように、目の前にあった時間が、二度と戻ってこない。卒業ってのは、そういうこと。旅立つっていうのはそういうこと。

そして、その旅は、1年、26人+1人の人生がぐっとつまった旅で、目の前から、26の輝く彼らが巣立っていくってことを、身体が感じたんだ。一緒に過ごした思い出。共有した時間が刻み込まれたからだが鳴いたんだ。別れのときを知って。

今も、書きながら泣いてる。今日は、ずっとなきっぱなしなんだ。こんなの、本当に珍しいんだから。

子どもの前でなくのは、今日が初めて。それも幸せなことかもね。今日は、泣いていい日だもん。

“なぜ、めぐり合うのかを、わたしたちは、何も知らない。

 いつ、めぐりあうのかを、わたしたちは、何も知らない。 「糸」 By 中島みゆき”


一年間の学年のテーマは、「Journey」だった。日本語で言うと、「旅」。出会いの始業式。桜の木の下で写真をとって、「じゃ~に~」のあいさつで別れたね。高校時代に、いつも使ってた別れの言葉を、子どもたちと、交わすことになったんだ。

2月の終わりから、3月にかけて、男子の数人が、本当に「甘え」を出してくるようになって、すごくしんどかった。別れが、いやなんやな。どうしてええか、わからへんのやな。そう思えるほどに、不器用な彼らだった。今日の卒業式も一緒。素直になれないし、かっこつけにゃあならんし、どうにも大変な彼ら。そうとはわかっていても、言われていやな言葉はあるし、見ていていやな態度もある。

そういう意味で、私は、どう頑張っても、彼らと、さっぱりとしたいい関係は、作ることは不可能だったんだろう。すごく心残りはあるのだけれど、彼らは、まだ子どもだから。私の願う姿を見せてくれるようになるには、もうちょっと、時間がいるんだろう。心苦しいけど、そう思うことにする。

女の子たちは、本当にかわいらしくて、素直に涙を流し、かたを抱き合い、別れの寂しさと旅立ちの喜びを分かち合っていた。涙をこらえながら呼びかけをする姿に、もらい泣きをしてしまう。ああ、いっぱいの成長があったなあと思う。

声が、全然出なかったYさん。あの子が変わろうとした瞬間に、それを蹴落とそうとした男子2人を叱ったことを思い出す。今、体育館に響く声で、夢を語る姿が、すがすがしい。

1人ひとりとの思い出が、浮かんでは消えていく。

ああ、終わる。わたしの旅。

子ども達は、知らないだろう。この道がどこへ続いてゆくのか。そして、この出会いにどんな意味があるのかを。

私にはわかっている。この道がまぎれもない運命であり、自分の人生にとって、決して軽くはない物語であることを。私にとっては、26人分の重さのある、1年だった。その重みに耐えられなくて、自分がふがいなくて、何度、泣いたかわからない。

昨日まで、自分が彼らにしてやれなかったことが、頭の隅に必ずあり、しんどかった。どれだけのことをしても、私の目の前にあるのは、私の目指していた集団ではなかったし、もっと、あんなことも、こんなことも・・・と、自分の無力を感じずにはいれなかった。

でも、彼らにとっては、彼らの人生をめいいいっぱい生きたのであり、「これが足りない」「あれが足りない」とは、思ってないんだろう。子ども達が生きている世界と、私の生きている世界は、同じようで、違うのだから。

問題もいっぱい起して、いっぱい叱ったり、話合いをしたりしたけれど、一方で、すごいエネルギーの持ち主がたくさんいた。ぶっきらぼうで、不器用だけれど、子どもらしく、憎めない彼らだった。

私と、目を合わせないように、呆然とした表情をしているMくん。もう、終わってしまうんだよ。
歌を歌っている間、何度も何度も泣いている私をみてくるYくん。まだまだ、かわいらしい。

所有の悲しみ。またしても、感じてしまう。

たくさんのすれ違い。傷つけあった金曜日。放課後の窓からみる夕陽が、涙でかすんだ。

毎日、子ども達が帰った教室をほうきで掃いた。その日の出来事を思い出しながら。とんちんかんな発言を思い出して、1人笑ったり、傷ついた言葉が、何度も頭をぐるぐると回っていたり。

この一年の思いの行き場が、無い。巣立っていく鳥達を見送った者は、取り残されて、途方にくれる。

保護者の方からの謝辞に、そして、花束に、自分をわかってもらえたようで、すっごいうれしかった。

だって、ありがとうなんて、なかなか言ってもらえない職場だもの。罵声をあびせられることも、文句を言われることも、日常茶飯事で、日々が戦いで。みんな、かっこつけたがるエネミーなんだよ。ありがとうなんて、だれも言ってくれない。

だから、だからありがたいの。本当に、わかってもらえる場が少なくて、一年の、このときだけだもの。本当に、本当にうれしかった。今までもらった花束の中で、一番うれしかった。

職員室で、最後のあいさつを、6年担任を代表して述べる。

思い出す、一年前。

校長室に呼ばれて、尋ねられた。「6年を持つ自信はあるか?」

なんでそんな意地悪な質問って思った。そんな自信があるわけないやん。でも、無いですなんていえへん。何も答えられなかった。

不安でいっぱいで、でも、糸井先生と一緒に学年を持てるのがうれしくて、糸井先生が一緒なら大丈夫って思ってた。

一年間、本当に本当に助けてもらって、多分、私が助けてもらったって思ってる以上に、糸井先生は私の気づかないところで、いっぱい先回りして助けてくれたり、フォローしてくれたりしていたから、本当に、頼りっきりの一年だったのだと思う。

夏休みの頃は、「来年は、お互い、1人でやっていかなきゃならないから」って言う言葉に、すごく不安を感じてて、糸井先生がいないと無理!って思ってたけど、今は、1人でやっていく、って自然に思えている。完璧には出来ないけど、でこぼこの、私なりの形で、どうにか、ぶつかりながらも転がっていけば、いつか、角もとれてゆくんだろうって思う。

2人で溜め息もいっぱいの一年だったけど、それでも、子ども達のためにって、精一杯力を注がれる先生の姿勢から学ぶことは、限りなく多かった。その凄みっていうんやろか。すごいエネルギーで、でも、そのエネルギーは、子ども達の人生が、美しい布に織り上げられたとき、見えない糸なんや。

縦の糸はあなた。横の糸はわたし。

織り成す布はいつか誰かをあたためうるかもしれない。「糸」より


教育って、本当に儚い営み。

でも、今、こうして、「儚い」と思えることも、もしかすると、自分の望む在り方かもしれん。

効果がはっきりと出て、理想どおりの子ども達の姿を生み出せるのは、すごく素晴らしいかもしれんけど、自分がやりたいのは、そういうものであって、そういうものでない。

教師の願いと、子どもの願いは、重なりそうで、絶対に交わらなくて、そのすれ違いが、儚くて、でも、だからこそ、愛おしい。

「絶対に、終わって、すっきりするようなことなんて、ないよね。」

子ども達を送り出したあと、そんな会話を糸井先生と交わした。

いつか、きっと。そんなクライマックスを。そう思うけど。きっと、また、すれ違いに苦悩しながら、時に歓喜しながら、夢おいかけ、走るのだ。

“運動会。負けたけど、勝つために頑張った練習は、絶対に忘れないと思う。”という言葉を言った子がいた。

そうなんだよね。そう、そうありたい。

この一年。私の負け。でも、子ども達と向き合い続けたことは、忘れない。今日、最高の歌声で泣いたわけじゃあない。一年の重みに泣けたのだ。共に生きてきたから。

終わりました。最後に、城島先生と電話で話す。多分、いい訳したいんよね、私。こんなことができひんかった、あんなことができひんかったって言うのを、聞いてもらいたい。

いろんな先生からかけてもらうねぎらいの言葉に、いちいち泣きそうになってしまう。

子どもは、わかってくれない。でも、それは、子どもだから、しょうがない。

でも、こうやって、同僚の先生達に受けとめてもらえることで、救われるわ。

昨日の夜は、中3のときの卒業式で池辺先生からもらった通信と、城島先生の通信を交互に読みながら、最後に語る言葉を、打ち込んだ。

子ども達に送ったのは、小藪実英さんの詩。

「人生いっぱい味わって」 小藪実英

  ころんで痛いのは       生きているから

  だまされて腹が立つのも    生きているから

  恋に破れて悲しいのも     生きているから

  生きているということは    感じることなの

  それはそれでいいじゃない

  どんどん生きて        どんどん感じて

  人生いっぱい味わって     でっかいでっかい自分の人生を

  おもいぞんぶん味わって    力いっぱい生きておれば   

  それはそれでいいじゃない    
            
 

 小藪実英さんの言葉は、本当に、心に染みます。心揺れ動き、うちのめされることの多い思春期には、ぴったりやと、思うん。ああ、あの濃密な時間。中学校の先生が、うらやましい。最高の時間を過ごさせてやってほしい。現状は、大変なんやけど…。

初めての、卒業生。一生、忘れへんのやろうなあ。あの子たちの、表情のひとつひとつが、目に焼きついている。

なかなか学校に来れなかったKくん。お母さんが、最後にあいさつに来られた。

「おかあさんも、ほんまにおつかれさまでした。」2人で、泣いてしまった。また、遊びにいきますね。子どもの辛さは、親の辛さでもあるからね。

“人生は、出会いによって広がり、別れによって深まる。”

私の心に居座り続けるであろう、彼ら。彼らの記憶の片隅にも、私の記憶が残っていく。

会うべき人に、出会えることを、人は仕合せと呼びます・・・

平盛小に赴任して、糸井先生と出会い、6年2組のみんなを担任したこと。そのめぐりあい。その仕合せ。

運命の物語が、またひとつ、幕を閉じたのです。

キューピーのひらめきスケッチ 更新

『キューピーのひらめきスケッチ』と題した、授業のアイデアとか、実践を書いたブログを、持ってます、実は。でも、ほとんど書いてなくて。

 最近は、最後のあがきで、色々自分なりのアイデアで授業を作っています。また、ちょこちょこ紹介していきます。

 絵本を使ったり、ワークショップ教材を取り寄せたり、インプロのゲームを改造したり・・・いろいろごちゃまぜです。ひらめくままに。

 失敗も多い私の授業ですが・・・ひらめきはあっても、煮詰められないのが、私の弱点。邁進するのみ。

 よかったら、お立ち寄りください。

http://d.hatena.ne.jp/Yuka-QP/

告知!ジャズライブ@カフェ・コモンズ 


 春の訪れを感じる日々に、いいことがなくても、わくわくします、今日この頃。

 今度、カフェ・コモンズのワークショップで知り合ったべにちゃん と、その妹のさといもちゃんと私の3人で、カフェ・コモンズでライブします!

 べにちゃんは、ジャズシンガー。さといもちゃんは、ウッド・ベースを弾きます。そんで、私は、ダンスとパーカッション。

 先日は、3人でひっそりと初練習でした。うわ~楽しい!高校の頃、パーカッションをしながら、体がうずいてたまらなくて、大学ではダンスをはじめた私。

 こうして、今、叩きながら、踊れるのは、本当にうれし、たのしくて、舞い上がります。こういうの、ずっと続けていけたらいいな。

 une nana coolのキャッチコピーが、しっくりと体に馴染む。

 “からだがうたうの”

 3月23日 19時から 高槻のカフェコモンズにて。

 ということで、朝から、napsterで、踊る曲を流しつつ、イメージトレーニング。

 学校の方は、卒業式まで、あと7日になってしまった。

 できたことは、見えにくいのに、できなかったことばかり、目に付いて、虚しくなる。

 懺悔の会かぁ・・・やってみてもいいかもしらん。そんなんしたら、泣いてしまう。申し訳ない気持ちでいっぱいすぎる。

 テレビの、熱血教師SPを、複雑な気持ちで見る。

 もっと、ぶつからなきゃ・・・。感情的になっていい。うまくまとまらなくてもいい。人間なんだから。

 痛みをともなって、わかりあっていくことだって、あるじゃない。

 そして、わかりあえないことを、受け入れていくことも、必要かもしれん。

 手をつなぐことも、大切だけれど、1人でいることだって、同じくらい大切なんだから。

 大人は「わかりたい」と思う。でも、その「わかりたい」という気持ちがうっとうしいときもある。「わかられたくない。」「理解されたくない」と思ったりね。

 「わからない」ことは、居心地が悪いから、知識を求めて、型にはめて、わかったようになって安心する。

 どんどん、ずれていくのに。

 ぼくは、他の誰でもなくて、ぼくだけであって、そのぼくを見てほしいのに。

 私、簡単に、「あの子の気持ち、わかります」っていう人、どうなん?って思う。

 そんなの、人の気持ちなんて、簡単に理解できるものやろか?被害者に同情するのは気持ちいいかもしれんけど。

 めっちゃ、大変なことやで。ほんまに、わかるっていうのは。すごいお互い、痛みを伴う作業やし。自分が傷つかずに、その子の痛みを分かるなんてことはありえへん。

 子どもが、大人を困らせるのは、大人が困ることで、子どもの痛みを感じられるようにしてくれてるんかなと思う。

 「わからない」って困ることが、一番大事。だって、困るってことは、わかりたいっていう切なる願いだから。救いがあるでしょう。

 そういう台詞を、自分にも言ってる。


 

 

ドリームコンサート たゆたうと子どもたち

ドリームコンサート、終わりました。

観に来てくださった方々、本当にありがとうございました!!

水、木、金。3日間のワークショップ。途中、道に迷いながら、漂いながらも、ようやくみんなでたどりついた。


音遊びもたくさんやりました。名曲、迷曲、いろいろ誕生しました。

日頃、見えなくなってる子ども達の姿を垣間見たり、聞こえなかった音に耳を澄ませることができました。

これが、アーティストさんを学校に招く活動の醍醐味と私は思います。

ワークショップで出来た曲には、「旅~Journey~」という題をつけました。

「たゆたう」は、古語で、「漂う」という意味らしい。

ううん。子どもも教師も、たゆたうのお2人も、漂ったわ。でも、行き着く場所は、漂った分、いい感じです。

ではでは、昨日の本番のちょこっとレポート。

・・・・

旅のはじまり、さあ、出発!

ランリュックをお腹に背負って、まずは声出し「アイウエオ」!!

続いて、「じゃーにーじゃーにー」「んじゃんじゃ」と、ランリュックをたたく音で入場し、筆箱から出したペンでアンサンブル。

“だまれ~”の一声で、♪あまだれ~ごまだれ~あまだれ、ごまだれ~ちきちきぼん♪の歌が響きます。伴奏は、ポスカのマラカス、ランリュックのたいこ、筆箱も、ペンも、かしゃかしゃ響きます。

 (裏話:この「あまだれ」の歌は、「黙れ!」という言葉がもとになってできたので、ここで、そんな掛け声がはいっちゃったのです。)

 盛り上がったところで、また“だまれや~”

 しっとりとギター・ヴァイオリン・の伴奏が始まり、パーカッションもくわわって、歌が始まります。

 ここで、歌詞を特別に紹介します。

「旅~Journey~」

いつもの教室

思い出がつまった

先生のメガネ

コの字の校舎

ああ

終わる

ああ 

ぼくの旅

====

あさくらのあの道

みんなで走った

グランドの青空

つながるともだち

ああ

終わる

ああ

わたしの旅

====

うれしいときも

かなしいときも

いろんな人に出会い

よろこびを知った

まよう夜は

手をとりあって

光めざして

はじまる ぼく わたしの 旅

 

 前日の夜に出来た、ほやほやの新曲でした。歌い終わると、再び、ランドセルを持って、「Oh,Hey,Yeah」の合唱。

 そして、「くどいけど」「おまえら、いいかげんさとれや!」という糸井先生の名言を、大合唱。 この言葉、いつも、言われる立場な子どもたち。この言葉を言うのは、ほんとにうれしそう。みんな、一斉ににやけてました。

 最後、「ニャオワン」のリズムで、楽団は、さってゆきます。旅は終わりをむかえました。

 最後は、たゆたうの2人に花束とメッセージをわたします。

 「たゆたうさん、ほんとにありがとう!」

 そして、記念撮影。最後は、おきまりのあいさつ「じゃ~に~:)」

 観に来てくださった方からは、「感動しました」「涙が・・・」という声も。FMうじの方も収録に来てくださり、今週木曜にはラジオから、「旅」が流れ出す予定です。

 コンサートにかかわってくださった、全ての方へ、ありがとうございました!

 たゆたうさん、素敵な音楽を引き出し、つむいでくださり、ありがとうございました。

 そして、こどもたち、旅立ちの日は、すぐそこだよ!
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