「子どもの絵に想う」と題した学級通信を出しました。明日の参観授業に向けて・・・と思って。
以下に載せておきます。
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1ねん1くみ学級通信「のはらうた」より
“子どもの絵に想う”
先日、子ども達が描いた遠足の絵について、「どんな場面を描いたのか」を、1人ずつ呼んで聞いていたときのこと。
ある子が、自分の絵の説明を終えたところで、ぽつんと、こう言った。
「まま、わらうかな~。」
よくよく話を聞いてみると、どうやら、自分の絵に自信がないらしい。ママに、絵を笑われるんじゃないかなあ・・・心配で、そんな言葉が出てきたようだ。
「コンプレックスは人が作る」と言われる。大人も、子どもも、常に、他者からの評価の対象とされ、いつしか、劣等感や優越感を手にしていく。
子どもにとって、評価する人といえば、親と教師だ。
きっと、この子は、周囲からの評価の言葉を聞いたり、周りの友達と比べたりしながら、「ぼくは絵が苦手だ」「ぼくの絵は上手じゃない」「ぼくは、みんなみたいな絵はかけない」と、感じるようになったんだろう。
その子の絵は、なんとも、愛らしい絵なのである。それは、一般に言われる「上手」な絵ではないかもしれないけれど、彼にしか描けない、味わいのある絵だ。子ども達は、私の絵を、「上手」などというが、私は、どんなに頑張っても、この子のような絵は描けない。
そう・・・私は、子どもの絵をみて、いつもうらやましく思う。彼らのような絵は、大人には決して描けないのだから。子ども達なりの、物のとらえ方、色の感じ方、表現の仕方。それは、大人になるにつれて、分別が身につき、技術を伴えば、決して描くことのできない、貴重な絵なのである。
一見、わけのわからないような絵もある。でも、話を聞けば、その絵ひとつひとつに、その子の世界がある。知識があるばかりに、大人には決してみることのできない世界が、子ども達の絵には隠されている。
有名な「星の王子さま」にも、語り手の、飛行士が、子どものころに描いた絵のエピソードが出てくる。それは、自分が自信を持ってかいた絵を、大人に理解されず、絵描きになることをあきらめてしまった…というものである。
子ども達の絵はわかりにくい。なぜなら、それは大人の私たちには、「説明」を要するものだからだ。多くの場合、私たちは、わざわざ「説明」してもらわないと、子ども達の絵を理解することができない。
だから、子ども達の絵には敬意を払おう。「何を描こうとしたのか」「どんなことが伝えたかったのか」「この子には、どんなふうに世界が映し出されていたのか」「画用紙の上で、どんな物語が巻き起こったのか」ていねいに耳を傾ければ、画伯たちは、親切に教えてくれるだろう。
「上手」「下手」と子どもの絵を評価するのはナンセンス。大切なのは、子ども達の話に耳を傾けること。その絵が語りかけるものを、聞こうとすること。それも、想像力をいっぱい働かせて。
そんな大人が増えたならば、大人の顔色をうかがって、心配になる子どももへるだろう。
1年1組の教室には、子ども達の描いた「遠足の絵」がいっぱいに貼ってあります。
「これは、何しているところ?」「これは、どこへ行くの」「これはだれ?」子ども達が描こうとした世界を、ぜひとも共有してください。そして、子ども達が、「ここはがんばって描いたんだよ」「こんな工夫したよ」っていうところがあれば、ほめてあげてください。
図工は、「出来栄え」よりも、その作品自体に、どれだけ、その子がエネルギーをかけたかという「プロセス」を、評価すべきだと思います。「一番、時間をかけて描いたところはどこ?」「1番気に入っているのは、どれ?」そんなふうに聞きながら、子ども達の表現を信頼し、あたたかく見守ってやってほしいと思います。
そして、最後に、こう言ってあげてください。
「ままは、あなたの絵、好きよ」って。
きっと、その子は、絵をかくことが好きになります。自分を表現することが好きになります。
〇〇くん、ままは、きっと、君の絵を好きになってくれるからね。
以下に載せておきます。
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1ねん1くみ学級通信「のはらうた」より
“子どもの絵に想う”
先日、子ども達が描いた遠足の絵について、「どんな場面を描いたのか」を、1人ずつ呼んで聞いていたときのこと。
ある子が、自分の絵の説明を終えたところで、ぽつんと、こう言った。
「まま、わらうかな~。」
よくよく話を聞いてみると、どうやら、自分の絵に自信がないらしい。ママに、絵を笑われるんじゃないかなあ・・・心配で、そんな言葉が出てきたようだ。
「コンプレックスは人が作る」と言われる。大人も、子どもも、常に、他者からの評価の対象とされ、いつしか、劣等感や優越感を手にしていく。
子どもにとって、評価する人といえば、親と教師だ。
きっと、この子は、周囲からの評価の言葉を聞いたり、周りの友達と比べたりしながら、「ぼくは絵が苦手だ」「ぼくの絵は上手じゃない」「ぼくは、みんなみたいな絵はかけない」と、感じるようになったんだろう。
その子の絵は、なんとも、愛らしい絵なのである。それは、一般に言われる「上手」な絵ではないかもしれないけれど、彼にしか描けない、味わいのある絵だ。子ども達は、私の絵を、「上手」などというが、私は、どんなに頑張っても、この子のような絵は描けない。
そう・・・私は、子どもの絵をみて、いつもうらやましく思う。彼らのような絵は、大人には決して描けないのだから。子ども達なりの、物のとらえ方、色の感じ方、表現の仕方。それは、大人になるにつれて、分別が身につき、技術を伴えば、決して描くことのできない、貴重な絵なのである。
一見、わけのわからないような絵もある。でも、話を聞けば、その絵ひとつひとつに、その子の世界がある。知識があるばかりに、大人には決してみることのできない世界が、子ども達の絵には隠されている。
有名な「星の王子さま」にも、語り手の、飛行士が、子どものころに描いた絵のエピソードが出てくる。それは、自分が自信を持ってかいた絵を、大人に理解されず、絵描きになることをあきらめてしまった…というものである。
子ども達の絵はわかりにくい。なぜなら、それは大人の私たちには、「説明」を要するものだからだ。多くの場合、私たちは、わざわざ「説明」してもらわないと、子ども達の絵を理解することができない。
だから、子ども達の絵には敬意を払おう。「何を描こうとしたのか」「どんなことが伝えたかったのか」「この子には、どんなふうに世界が映し出されていたのか」「画用紙の上で、どんな物語が巻き起こったのか」ていねいに耳を傾ければ、画伯たちは、親切に教えてくれるだろう。
「上手」「下手」と子どもの絵を評価するのはナンセンス。大切なのは、子ども達の話に耳を傾けること。その絵が語りかけるものを、聞こうとすること。それも、想像力をいっぱい働かせて。
そんな大人が増えたならば、大人の顔色をうかがって、心配になる子どももへるだろう。
1年1組の教室には、子ども達の描いた「遠足の絵」がいっぱいに貼ってあります。
「これは、何しているところ?」「これは、どこへ行くの」「これはだれ?」子ども達が描こうとした世界を、ぜひとも共有してください。そして、子ども達が、「ここはがんばって描いたんだよ」「こんな工夫したよ」っていうところがあれば、ほめてあげてください。
図工は、「出来栄え」よりも、その作品自体に、どれだけ、その子がエネルギーをかけたかという「プロセス」を、評価すべきだと思います。「一番、時間をかけて描いたところはどこ?」「1番気に入っているのは、どれ?」そんなふうに聞きながら、子ども達の表現を信頼し、あたたかく見守ってやってほしいと思います。
そして、最後に、こう言ってあげてください。
「ままは、あなたの絵、好きよ」って。
きっと、その子は、絵をかくことが好きになります。自分を表現することが好きになります。
〇〇くん、ままは、きっと、君の絵を好きになってくれるからね。