いつのころからか。ジャスミンティーが好きだ。

 初めて飲んだのも、いつかわからない。

 でも、はっきりと、「私はジャスミンティーが好き」って意識した瞬間のことはよく覚えている。

 ヨーロッパの中古家具やさん。

 お店のお兄さんが、1人で時々やってくる私のことを覚えててくれて、冷たいジャスミンティーを入れてくれた。

 つめたくておいしいって思ったから、きっと、季節は夏だった。

 こんなに、おいしい飲み物があったんだねって。

 レトロなカップに入るそれを、ゆっくりと飲みほした。

 
 蒼井優ちゃんが、今、やってるやん、CM。「甘くないから、なんにでも合うんです。」って。

 ああ、飲みたい、飲みたいって思ってたら、遭遇してん。

 思わず、2本購入。

 ん~普通のジャスミンティーの方が私は好みかも。

 独特の香りがいいのよね。

 でも、きっと、ずっと小さかったときは、「じゃすみんてぃー」が苦手だった。

 語感がしっくりこなくて。「オリビアを聴きながら」の曲を思い出させて、なんだかさびしかったり、「ベンジャミン」という響きににていて、それもなんとなく、さびしかった。

 今では、「じゃすみんてぃー」って聴いても、さびしくないよ。

 飲み干せば、ジャスミンの香りにつつまれるようで。体も心も潤う。

 

 物事のはじまりの記憶。

 Today's Classroom・・・

 「おおきなかぶ」の「まご」はだれかを考えた。

・Tくんが、おりがみに落書きしてて、「またや~」と思って、まあ、ほっといたら、大きなかぶの視写をしていた。ああ、よかったやめさせなくて、と思った。彼らは、いつも、私の想像を超えてくる。

・Jちゃんが、帰る前に、大量の紙をわたしてきた。それには、「くらすのみんなへ」と書かれていて、中をあけてみると、みんなの名前がひらがなで、かみいっぱいにかかれていた。

 ある1まいには、「ひらもりしょうがっこう」の校歌がかかれていた。ところどころ本当の歌詞を異なるんだけど、彼女にきこえたように、彼女が口ずさむように、書かれていて、感激した。体育館にかざってある、木彫りの校歌より、いい。

・Tくんのお茶を、Jちゃんが勝手に飲んでしまったんやけど、Jちゃんがごめんねをしたあと、Tくんがこそっといいにきた。「でも、ほんまはぼくが悪いんやで。あんなところ(よく見える机の上)においてたから」

 あなたが、そういうことをいうの?びっくりしてく、くらくらした。そういう感じ方ができるのか。恐れ入った。

・「せんせい、いっちょにかえろ」「せんせい、いっちょにかえろ」さよならしたあと、いっつも、くっついてくる。BくんのまねをSちゃんがする。ジーパンをひっぱって、おしりをのぞこうとしたり、おしりをたたいたり、だきついたり、甘えたり。Sちゃんは、Bくんが私に上手に甘えるのを見て、「甘える」ということを学んでいった。今日は、家につくまで、ずっと私の手をにぎっていた。こういうことがありえるのだ。1学期最初のころにはありえなかったこどもの姿。

 「おねがい、いっちょにかえろ」と言われたら、暑い日差しの中でも、送っていきたくなっちゃう・・・おかげで、日に日に肌が黒くなる・・・涙

 

 にんげんが、にんげんになっていくころ。

 私は、それを、彼らのかわりに、覚えていたいなと思う。

 毎日、同じ子どもたちを見ているけれど、彼らは、昨日と同じではない。

 はっきりとわかること。はっきりと、変わったとわかること。

 その瞬間を獲得するためには、曖昧な感触や、不透明な時期を、丁寧にみつめたおくことが必要なのかもしれない。

 私が、ジャスミンティーを好きと今、はっきりといえるのは、そうではない時期、曖昧な時期を経ているから。

 これは、自分の中では、「愛」の話とつながっている。

 星の王子さまと、きつねが、毎日、少しずつ近寄っていったような、距離感が、絶対に必要だと思うの。

 インスタントな交わりでは、決して、たどりつくことのできない場所。

 ドモホルンリンクルみたいに、一滴、一滴やねん。

 私が、彼らの変化を、はっきりとリアライズし、小さなことに感激しているのは、きっと、毎日を共に過ごしたから。

 今の関係性も、また半年後には、全く異なるものになっているんだろうけど。

 私をスポンテニュアスにしてくれる、信頼すべき仲間に感謝だ。

 生きる同志。